すみやきの小説置場

小説を書き始めた18歳から三十路の今に至るまでのすみやきの小説置場

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【投稿歴】
 2018/02/15現在

【現時点での投稿数】113
【現時点での落選数】110
【現時点での受賞数】3

・第7回講談社ラノベチャレンジカップ 2作品応募(2017/10/31〆)【落選】

・富士見L文庫×カクヨム「美味しい話&恋の話」コンテスト (2017/6/30〆)【落選】

・第14回ノベラボグランプリ 2作品応募 (2016/9//1〆)【落選】

文学フリマ短編小説賞 13作品応募(2016/06/30〆)【落選】

・第12回ノベラボグランプリ (2016/06/30〆)【落選】

・第19回エンターブレインえんため大賞 ライトノベル ファミ通文庫部門 2作品応募(2016/4/30〆)【落選】

・第1回「ショートショート大賞」22作品応募(2016年/2/29〆)【落選】

・星の砂 第2回ショートショートコンテスト 一〇作品目(2016/1/6〆)【落選】

・星の砂 第2回ショートショートコンテスト 九作品目(2016/1/6〆)【落選】

・星の砂 第2回ショートショートコンテスト 八作品目(2016/1/6〆)【落選】

・星の砂 第2回ショートショートコンテスト 七作品目(2016/1/6〆)【落選】

・星の砂 第2回ショートショートコンテスト 六作品目(2016/1/6〆)【落選】

・星の砂 第2回ショートショートコンテスト 五作品目(2016/1/6〆)【落選】

・星の砂 第2回ショートショートコンテスト 四作品目(2016/1/6〆)【落選】

・星の砂 第2回ショートショートコンテスト 三作品目(2016/1/6〆)【落選】

・星の砂 第2回ショートショートコンテスト 二作品目(2016/1/6〆)【落選】

・星の砂 第2回ショートショートコンテスト 一作品目(2016/1/6〆)【落選】

・第10回HJ文庫大賞 二作品目 (2015/10/31〆)【一次落選】

・第10回HJ文庫大賞 一作品目 (2015/10/31〆)【一次落選】

・『upppi』 ガールズラブ小説コンテスト(2015/9/29〆)【佳作受賞】

オシリス文庫 第1回次世代官能小説大賞(2015/05/31〆)【二次落選】

・第22回電撃大賞 小説部門 (2015/04/10〆)【一次落選】

・第8回恋愛小説大賞 (2015/1/31〆)【落選】

・2015年度ノベル大賞 (2015/1/10〆)【二次落選】

・第2回オーバーラップ文庫大賞 第3ターン 1次選考 (2014/11/30〆)【一次落選】

・第9回小学館ライトノベル大賞ガガガ部門 二作品目 (2014/9/30〆)【一次落選】

・第9回小学館ライトノベル大賞ガガガ部門 一作品目 (2014/9/30〆)【一次落選】

・第8回ライトノベルワンシーンコンテスト(2014/07/31〆)【落選】

・第10回日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞(2014/07/31〆)【一次落選】

・第7回ライトノベルワンシーンコンテスト(2014/06/30〆)【佳作】

小説現代ショートショートコンテスト(2014/05/31〆)【落選】

・第2回 ラノベ文芸賞(2014/4/30〆)【二次落選】

・第21回 電撃大賞 小説部門 三作品目 (2014/04/10〆)【一次落選】

・第21回 電撃大賞 小説部門 二作品目 (2014/04/10〆)【一次落選】

・第21回 電撃大賞 小説部門 一作品目 (2014/04/10〆)【一次落選】

・第1回 CRUNCH NOVELS 新人賞(2014/4/30〆)【落選】

・第10回MF文庫Jライトノベル新人賞・第四期予備審査 (2013/12/31〆)【三次落選】

・フリーダムノベル原稿募集【落選】

・ライトなラノベコンテスト【二次落選】

・第24回ゆきのまち幻想文学賞(2014/1/20〆)【落選】

・第1回オーバーラップ文庫大賞 第2ターン 1次選考(2013/11/30〆)【一次落選】

・第5回野性時代フロンティア文学賞 (2013/08/31〆)【一次落選】

・第48回北日本文学賞(2013/08/31〆)【一次落選】

・第20回 電撃大賞 小説部門 (2013/04/10〆)【三次落選】

・第6回GA文庫大賞前期 (2013/05/31〆)【一次落選】

・第23回ゆきのまち幻想文学賞 (2013/01/20〆)【落選】

一迅社文庫NewGenerationAward2012 (2012/8/31〆)【一次落選】

・第15回長塚節文学賞 (2012/2/8〆)【落選】

・第29回織田作之助青春賞(2012/8/31〆)【二次落選】

・第5回前期GA文庫大賞(2012/5/31〆)【一次落選】

別冊文藝春秋第一回新人発掘プロジェクト (2011/12/31〆) 【落選】

・第7回ダヴィンチ文学賞 (2012/1/10〆)【落選】

アルファポリス「第5回恋愛小説大賞」【落選】

・第11回スーパーダッシュ小説新人賞(2011/10/25〆)【一次落選】

・第46回北日本文学賞(2011/8/31〆)【三次落選】

・第28回織田作之助青春賞(2011/8/31〆)【二次落選】

・第十二回坊っちゃん文学賞(2011/6/30〆)【落選】

・第16回電撃リトルリーグ【落選】

・第27回太宰治賞(2010/12/10〆)【一次落選】

・第1回スクウェアエニックスライトノベル大賞【一次落選】

・jamp Novel Grand Prix '09(JNGP)summer ジャンプ小説新人賞フリー部門【特別賞受賞】

Cobalt短編小説新人賞(Cobalt11月号)【落選】

・第2回YA文学短編小説賞【落選】

・第16回電撃小説大賞【一次落選】

・第5回MF文庫Jライトノベル新人賞第四次予備審査【一次落選】

・ベスト・ショートショートCobalt7月号)【もう一歩の作品】

・第六回電撃リトルリーグ【落選】

・第三回電撃リトルリーグ【落選】

・第一回電撃リトルリーグ【落選】

・jamp Novel Grand Prix '08(jNGP) Winter ジャンプ小説新人賞テーマ部門 【一次落選】

・第8回スーパーダッシュ小説新人賞【一次落選】

・第1回YA文学短編小説賞【落選】

・第6回北日本児童文学賞【一次落選】

・jamp Novel Grand Prix '08(jNGP) spring ジャンプ小説新人賞テーマ部門【一次落選】

・jamp Novel Grand Prix '08(jNGP) spring ジャンプ小説新人賞フリー部門 【一次落選】

・第16回ジャンプ小説大賞【一次落選】

・第1回小学館ライトノベル大賞ガガガ部門【一次落選】

 

富岡さんはきっと脱法的なアレなんだ。(5)

 ゆっくりと彼女の背中をさする。華奢な彼女の身体は、頬っておいたら壊れてしまいそうだ。

 

 元々、友達もいなかったし、一人っ子だったし、小さい子の面倒なんてみたことない。

 

 自分の子供がいてもおかしくない年頃だけど、子供の扱い方なんてわからない。

 

 わからなかったはずなのに、まるで自分の子供のように彼女を抱きしめ、肌を――髪の毛を愛おしんでいる。



 好き。

 

 ただ、好き。



「よしよし」

 

 頭をゆっくりと撫でてやると、ぎゅっ、と彼女が身体をまんまるくする。本当に赤ちゃん帰りしてるのかもしれない。

 

「甘えていいよ」

 

 私の胸の中でこくっと頷いたのがわかった。

 

 彼女が顔をすりすりとこすりつけてくる。それがくすぐったくって、それでいて、気持ちよくなってくる。なんだか変になってきちゃいそうだ。

 

 ちゅっ。

 

「ぁぅ……」

 

 思わず声が出てしまった。

 

 だって、彼女が私のおっぱいを吸ってきているのだから――。

 

「だ、だめ。だって、で……ないよ」

 

 本当に赤ちゃんなんだな、って思う。そんな、彼女を、またゆっくりと甘えさせてやりたいのだけれど、おっぱいを吸われる度に、今まで味わったことないような刺激が体中を駆け抜ける。

 

 知らない子におっぱいを吸われて感じちゃってる。

 

 もう、だめだ。私、変態だ。

 

 だって、それが気持ちいいんだもん。はだかんぼにコートを着て町を歩くよりも、コートの生地が乳首にあたって得られる快感なんかよりも、ずっとずっと気持ちいい。

 

 もしかしたら、全国の赤ちゃんを持つお母さんはおっぱいをあげるたびに感じてるのかもしれない。

 

 だから、女の人は赤ちゃんを生むのかもしれない。

 

 けど、私のおっぱいを吸ってる誰だかわからない赤ちゃんのおっぱいの吸い方はすごく……えっちくって、気持ちがいい。

 

「……んっ」

「せんせ、おいしい」

 

 もう、先生なんて呼ぶのはやめて。お願いだから。ねえ。だって、今、私、知らない生徒におっぱい吸われて感じちゃってるんだよ?

 

 そんな変態を先生なんて呼ばないでよ。私はだめなんだって。だめな人なんだって。

 

 自分のクラスの生徒をおばけ扱いしてる場合じゃないんだって。

 

 私が一番のおばけなんだって! 

 

 おっぱい吸われて感じてる変態おばけさんなんだって!

 

     ◇

 

 まぶたが重かった。セロハンテープでも貼ってるのか、ってくらい目が開かない。

 

 やっとこさのところで目を開けると、そこは私の部屋ではなかった。

 

 なんで、こんな状況なのか、それを考えようとすると、頭を思いっきり殴られたみたいな頭痛が襲ってくる。

 

 ……ああ、これか二日酔いって。

 

 今まで、そんなにいっぱい飲んだことなかったし、飲んだとしてもこんなに睡眠時間が短い朝は迎えたことがない。

 

 なんとか、頭を持ち上げる。こんなに身体って重かったっけ?

 

「おはよ、せんせ」

 

 その声とともに目の前にコップが現れる。

 

「お水飲める?」

「…………すいません」

 

 声になってるんだか、なってないんだか、それくらいの音量の発声だった。

 

 コップの水がやけに冷たい。飲むと口の中に残ってるお酒の苦さが洗われていくような感覚が広がる。

 

 あ。

 

 そこで今の状況を完全に把握できた。

 

 私は、家で酔っぱらってはだかんぼにコートでコンビニ行っちゃって、そこで見知らぬ生徒に声をかけられて、なぜか家についていっちゃって、そんで一緒に飲んで、一緒のベッドに寝っ転がって――それでおっぱい吸われて、気持ちよくって――。

 

 それで、知らないこの子が好きなんだ。私。

 

 ……いや、そんなこと言ってる場合じゃないんだ。まず、言わなくちゃならないことがあるんだ。ごめんなさい。そもそも、あなたは誰ですか? って。

 

 ついてっちゃって、泊まっちゃって、それでおっぱい吸ってもらってなんですけど。

 

 あなた誰ですか。って。

 

「……あの!」

「せんせ、着られそうな服。ここに置いとくから。一回、家戻るでしょ?」

「ありがとうございます……っていや、そうじゃなくって!」

 

 ん? って首を傾げた彼女と目が合った。彼女は、銀縁の眼鏡をかけて……それで髪を後ろで一つに結んでる。

 

 あんなに重かったまぶたが一気に開いた。

 

 この子……いや、この人は!

 

「何? そんな驚いた顔して?」

 

 彼女は、ライトブルーのシャツに白いスカート、その上に白衣を羽織っているところで――。

 

「保健室の……」

 

 生徒なんかじゃなかった。未成年の飲酒なんかじゃなかった。

 

 職場の――、学校の、保健室の先生。

 

 まさかの、同僚だったとは――。

 

 いや、だって、白衣の姿しかみたことなかったし、そもそも眼鏡はずしてたし、髪だってまとめてなかったし、そもそもそれほど話したことないし!

 

「ふつう気づくだろ!」ってツッコミをする自分と「わかるわけないだろ!」と逆ギレする自分が頭の中で大紛争を初めている。

 

「ああ、この格好? 普通の養護教諭って学校着いてから着替えるんだろうけど、めんどくさいしね。それになんか、この格好で登校した方が『保健の先生』! って感じじゃない?」

 

 どうやら、先生は私が今の今まで、彼女自身の正体に気がつかなかった――なんてことは思っていない様子。

 

 いや、その方が好都合なんだが。なんだか、私だけが勝手にあたふたしてる感がハンパない。

 

「眼鏡なくて、歩ける?」

「大丈夫……だと……思います」

「まあ、そうだよね。視力検査の時もそこまで悪くなかったもんね」

 

 ……そういうことか。

 

 どおりで眼鏡を外してるのに、私だとわかるはずだ……。

 

 私は、学校で眼鏡を外したことはない。

 

 保健室での職員用視力検査以外では――。

 

 保健室にいる養護教諭だけは、裸眼の私を見ていることに――。

 

 あー。もう、何がなんやら。

 

「じゃあ、行こっか」

 

 頭が混乱したまま、私は彼女の部屋を出る。

 

 すると、見覚えのある光景が広がっていた。

 

 教室からいつも見えるグラウンドが……目の前に。

 

 まさか、このワンルームマンション、学校の裏口のそばだったとは……。

 

 ここはどこ? っていう騒ぎじゃない。

 

 だって、学校の隣だもの。

 

 そして、私のアパートまで徒歩五分の距離じゃないか。

 

 お酒の怖さを改めて思い知らされた二三歳の早朝――。




    ◇

 

 すぐにアパートに戻り、いつもの眼鏡、いつものスーツ、いつもの精神不安定を持ち合わせて、ドアを開ける.

 すると、彼女が待ってくれていた。

 

 昨日、はだかんぼで一緒に寝た彼女が目の前にいる。それはなんだか変な気持ちで、それでいて未だに信じられないという思いも同時に溢れてくる。

 

「あの……おまたせ……しました」

「じゃあ、いこっ!」

 

 手を、ぎゅっとされる。

 

 お酒のせいで忘れかけていた昨晩の彼女の肌のすべすべだとか、柔らかさだとか。そういう気持ちいい感覚が指を通じて私の脳天を直撃する。

 

「大丈夫だよ。今の時間、生徒もまだ来てないし」

「は、はい」

 

 恋人つなぎってやつはいいものだな。

 お互いの指と指でこすりあう気持ちよさ、それだけ、とろけてなくなってしまうかもしれない。

 

 眼鏡を通して見る彼女は、昨日よりも、落ち着いて見える。それは、眼鏡のせいかもしれないし、白衣のせいかもしれないけど、もし、私が昨日、ちゃんと眼鏡をかけて、それでいて素面だったとしたら彼女のことを生徒だとは思わなかったかもしれない。

 

 彼女の人差し指と薬指のくすぐりが止まる。

 

「ねえ、昨日言ったのは本当?」

 

 優しい目だな、って思う。人間の目っていうのは、私が思うよりも怖くないのかもしれない。

 

「昨日?」

「その……甘えてもいいって」

 

 少し、恥ずかしそうな彼女の顔を見ると、昨日の少女と今日の目の前にいる彼女が同一人物なんだ……ということがわかる。

 

 うん、やっぱり好き。

 

「……はい」

 

 私は、また声になるかならないかギリギリの音量で答える。

 

 声の音量を補うために力強く頷いたりもしてみる。

 

「……ありがとう」

 

 笑って見せた彼女の口元には可愛らしい八重歯が浮かぶ。

 

 ああ、やっぱり可愛い。そして、この人は少女だ。生まれながらの少女なんだ。

 

 身分は、学校の養護教諭かもしれない。でも外見も中身もすごっく無垢でいて、それでいて思わず抱きしめたくなるような――、要は、かわいくて、かわいくて、どうしようもない。

 

「じゃあ、また」

 

 保健室の前に差し掛かるところで彼女と私は別れることになる。

 

 なんだか、急に現実に引き戻されたようで心が弾けそうになる。

 

 また、あのおばけさん達と戦わなければいけないのだから。

 

「はい……また」

 

 きびすを返して、職員室に向かおうとした。

 

「ねえ!」

 

 え? と声を出す余裕もなかった。

 

 彼女の唇が、私の口をふさいでしまっているから――。

 

 これが、きす なんだ。と思う。

 

 漫画の中だけの存在だと思ってた。あの、きす なんだ。

 

 実在するかどうかで言ったら、おばけさんと同等のレベル。

 

 少女時代の私に言ってあげたい。

 

 現実には、おばけもきす も実在します!

 

 気がつくと、舌が私を優しく包み込んでくれていた。私も負けじと舌で彼女の歯をなめとる。

 

 八重歯のさきっちょが私の舌にあたる。

 

 かわいい、かわいい、かわいい!

 

 学校の中、かわいい!

 

 学校の廊下、かわいい!

 

 保健室の前、かわいい!

 

 生徒に見られるかもしれない、でも。

 

 かわいい!

 

 ちょっとだけ、苦い味がする。

 

 それは、おそらく、昨日彼女が飲んだワインの味。

 

 それも悪くないな、と思う気がした。ずっと、のこの苦さに染まっていたい気がするくらいだ。

 

 私は彼女の背中に手を回す。

 

 てれれれって、てってー。

 

 私の中のどこかで、レベルのあがる音が、聞こえた気がした。





第三話 やっぱり砂糖は甘いし、コーヒーは苦い。ビールはもっと苦い。(了)

 

富岡さんはきっと脱法的なアレなんだ。(4)

第三話 やっぱり砂糖は甘いし、コーヒーは苦い。ビールはもっと苦い。



 大人って楽しいもんだと思ってた。

 

 だって、私の周りにいた大人っていっつも笑ってたし、苦しい顔をしてる人なんて一人もいなかった。

 

 だから、大人になれば無条件に楽しい毎日になるんだと思ってた。

 

 子供だから、楽しくもない勉強をしなければいけないし、嫌な体育をやらなければいけないし、まわりにいじめられるんだって思ってた。

 

 早く大人になりたかった。苦いコーヒーを飲んだり、苦いビールを飲んだり、苦いふきのとうを食べたりすることが大人だと思ってたし、そうすることで楽しい生活を送ってるんだと思ってた。

 

 いつのまにか二三歳になっていた。

 

 コーヒーはミルクと砂糖をいっぱい入れるし、ビールは苦いし、そもそもおいしくないし、ていうよりお酒にそれほど強くないし、ふきのとうは別においしいものじゃない。

 

 そもそも二十歳を過ぎたあたりから笑ってない。

 

 なんとか入った大学では友達もいなかったし、就職活動もうまくいかなかった。

 

 というよりいろんなものから逃げた。楽な方楽な方へと逃げた。

 

 人と接したくないからサークルやゼミに入らなかった。企業説明会やらに一回言っただけで立ちくらみをしたのでその時点で一般企業への就職をあきらめて、なりたくもない教師への道を選んだ。

 

 そして、競争率の低そうな地方の私立高校になんとか採用された。

 

 喜んだのは両親くらいのもので昔から言葉数が少なくっていじめられっこだった私が学校の先生になんかになったもんだから、ここぞとばかりに周りに自慢して回っているらしい。

 

 地元と違う県の私立高校でよかったと思う。

 

 だって、この学校のことを知ってる人だったら、決して褒めるなんてことはしないから。

 

 あと、両親が機械音痴なのも助かった。

 

 携帯電話はもってはいるものの、通話しかできなく、インターネットはおろか、メールもろくにできないほどの機械音痴で助かった。

 

 検索サイトで学校名、そして一つスペースを開けただけでこの学校が決して褒められない理由がわかる気がする。

 

 そもそもいじめられっこだった私は、高校生なんて別に好きではない。

 

 好きではない、というよりも怖い。

 

 どうしても自分が高校時代の同級生を思い出してしまうのだ。

 

 そんなの慣れだと思ってた。いくらなんだってもう二三歳にもなるんだし、高校生なんて五つ以上も年下だ。

 

 だけど、やっぱり怖いものは怖かった。

 

 そりゃそうだ。子供の怖かったホラーものの映画だって今見たって怖いのだから。



 だって、彼女らは私を人として見てはくれない。そもそも会話がなりたたない。

 

 ただ、その場所にいるだけ。教室という中にいるだけ。そうすれば出席になるから。

 

 教室にいる人数を把握して、私が出席簿に記入する。彼女達はそれが目的なのだから。私が先生としてどんな話をするか、なんてことはどうだっていいのだ。

 

 だから、私は今日も誰も聞いていない中、教科書を進める。

 

 やってることは自分の部屋でただぶつぶつぶつぶつ言ってるのと変わらない。

 

 そして、チャイムが鳴ったら職員室に戻る。

 

 こうしてれば、勝手にお給料は振り込まれる。

 

 おそらく、完全に私が授業をせずにただ教卓で眠りこけていても同じ額が振り込まれるだろう。

 

 たまに授業中に窓ガラスに自分が映る。

 

 私が子供のころ描いていた大人と全く違う自分の姿がそこにはいる。

 

 大人って、こんなに楽しくないもんなんだ。



 私も高校は私立だった。

 

 自由な校風が――とかやりたい勉強ができるから――とかは建前で、いじめられないためだった。

 

 公立高校はいじめられる。

 

 いじめられっこの中での暗黙の了解だった。

 

 いじめられないためには頑張って勉強していい私立に行くしかない。

 

 だから、いじめられっこはできるだけ頑張って勉強したのだ。

 

 教科書を隠されても、ペンケースにチョークを粉ごと入れられても勉強するしかなかった。

 

 それで、なんとか私立に入ったいじめられっこは、いじめられっこではなくなる。

 

 代わりに立派な人間不信ぼっちができあがっていた。

 

 いじめられない代わりに誰とも関わることがない、ただ授業を受けて、お昼ご飯を食べて、まっすぐに帰る。

 

 誰ともしゃべることなく――。

 

 その人間不信ぼっちの一部は『大学デビュー』という名の生まれ変わりに成功するのだが、大半の人間不信ぼっちは、そのままずるずると社会人まで人間不信ぼっち引きずる。

 

 そして、挫折に次ぐ挫折、大挫折。私、今ココ!

 

 仕事を辞めることができたらどんなに楽か! 辞めることも怖いし、仕事に行くのも怖い。

 

 なんだかずっと怖い怖いお化け屋敷の中で過ごしてるみたいだ。

 

 怖いお化け屋敷をうろうろしているだけでお金がもらえて、ご飯が食べられる。もしかしたら、実にホワイト企業なのかもしれない。

 

 精神上はよくないけど。

 

 ここも私立高校ということでは私の通っていた高校と一緒。

 

 だけど、あのときの私に似たような人間不信ぼっちがいるかというと、そうではなかった。

 

 私の地元とは違い、この地方では公立こそ名門であり、上位の公立高校に通う生徒こそエリートなのだ。

 

 この公立高校エリートは、そのまま地元の国立大学に進学し、そのまま県庁や地元の銀行員となる。

 

 それが昔からある勝ち組コースなのだ。

 

 そして、その偏差値ピンキリの公立にも入れない生徒がいる。

 

 その生徒が通うのがうちの学校。

 

 つまり名前が書けて、入学金を払うことができれば誰でも入れる――そんな学校。

 

 そんな生徒が集まる教室で、ぶつぶつぶつぶつ言う。

 

 お化け屋敷の中で誰も聞いてないお話をする。それでお化けたちからもらったお金でお給料がいただけてるというわけ。

 

 お化けにゃ学校も……試験もなんにもない!

 

 そんなことはなく、学校も試験も存在する。ただ、限りなくイージーモードではある。

 

 出席も席に座ってればいい。試験も持ち込み可能な上、試験問題そのものの学習プリントを配る。

 

 それでもクリアできないお化けたちには超イージーモードとして補習をなんとか受けさせてクリアさせる。

 

 ここまでくるともう完全にチートを使ってるみたいなもの。

 

 そのお化けたちをクリアさせるこっちはハードモードな上、アイテムなし縛りプレイをやらさっれている……そんな感じ。

 

 ホワイト企業でハードモードアイテムなし縛りプレイ。それを毎日一二時間近くやってるのだから、そりゃ精神がおかしくなるってもんだ。

 

 ゲームは一日一時間!

 

 とある偉い名人は言ったけど、それを私は十時間以上やってる。

 

 お外で遊んできなさい! って言ってくれる母親もいないので今日もひたすらお化け屋敷でハードモード縛りプレイ。

 

 もういっそのことお化けになってしまいたい気分だ。




 このお化け屋敷にはいろんなお化けさんがいる。たぶん、いいお化けもいれば、悪いお化けもいるんだと思う。

 

 だけど、たいがいのお化けは私の方を向いてはいない。

 

 ほとんどのお化けが携帯電話をいじる。ぴこりん、ぴこりんと『らいん』とやらの音が教室のあちこちで鳴り響く。

 

 携帯をいじっていないお化けさんがいたと思ったら、化粧をしていたりだとか、雑誌を読んでいたりだとか、寝ていたりだとか――、とにかく授業を聞いているようには見えない。

 

 唯一、板書をノートに移している生徒もいるにはいるんだが、ヘッドホンで音楽を聞きながら――というありさま。

 

 きっと、音楽を聞くついでに暇だからノートでもとるか……みたいなスタンスなのだろう。

 

 時計の針は今日もゆっくり流れている。

 

 私が高校生の時も同じことを感じてた気がする。

 

 学校の時計っていうのは何かしらおもりがしてあって、本当はとっくに授業なんか終わってるんじゃないかって思ってた。

 

 まさか、学校の先生になってからも同じことを思うなんてね。

 

 もう、いい大人なのに。



 教科書をぶつぶつぶつ読んでいる。なんだかお経を読んでるような気分。

 

 これでお化け退治もできればいいんだけれど、宗教の関係か、向こうのヒットポイントが強いのか、全く持って効果はいまひとつのようだ。

 

 私は、全く攻撃をしかけてこない相手に対して全く効かない呪文をひたすらかけている状態。

 

 とりあえず、私のマジックポイントが終わらないように――なるべく疲れないように――とにかく一日を無事過ごすことに一生懸命だ。

 

 なんだ。やってることなんてずっと変わらないじゃないか。

 

 だって学生時代もずっとこうだったから。

 

 むしろ、大人になってからの方が生きるのにめんどくさくなったくらいだ。そうか、みんな子供には言わないんだ。

 

 大人ってめんどくさいよ……って。

 

 それで笑ってた。大人っていろいろ嘘つきだ。

 

 そんな嘘つきの中、嘘つき候補のお化けさん達にお経を読み、嘘つきな偉い人からお金をもらう。そんな毎日。

 

 もしかしたら、めんどくさいお化け屋敷にいるのは自分だけで、他の大人の人は楽しいメリーゴーランドだとか、ジェットコースターとか、そういうところで楽しく過ごしてるのかもしれない。

 

 だけど、私はずっとお化け屋敷にいなければいけないんだと思う。

 

 そんなことを思いながらお経を読み続けると、なんと重い時計の秒針が今日の終わりを告げてくれた。

 

     ◇

 

「ただいまー」

 

 なんて、言ってはみるけど「おかえり」って返してくれる相手もいない。

 

 それだったら、何も言わずに部屋に入ればいいものだけど、それはそれで無性に寂しくなってしまう。

 

 結局のところ、寂しいのだ。人間だもの。

 

 寂しさをひきずりながらも、手を洗ってうがいをする。

 

 別にもう褒めてくれる人はいないけど、やらなきゃやらないでなんだか気持ち悪い。

 

 私は私なりの帰ってからのやることリストがもう頭に入ってるのだ。

 

 家に帰ってきたら、まず誰に伝えるわけでもない「ただいま」を言う。

 

 そして、手を洗い、うがいをする。

 

 コートを脱ぎ、眼鏡を外す。

 服を脱ぎ――、ブラとショーツも外す。

 

 そして――、はだかんぼになる。

 

 誰に見せるわけでもなく、私ははだかんぼになる。

 

 昔からはだかんぼでいるのが好きだった。嫌なこととか悲しいこととか寂しいこと、そんなことが全部忘れられるような気がしたから。

 

 よく実家の時ははだかんぼでいるとお母さんに怒られた。それもそのはず。ちっちゃい子ならまだしも、中学、高校になっても娘がはだかんぼでいるのだから。

 

 でも、もう誰にも怒られない。だから開放感あふれるまま、私は明日への鋭気を養うことができるのだ。

 

 はだかんぼのまま冷蔵庫へ行き、きんきんに冷えたカルピスサワーを取り出す。

 

 本日もお疲れさまでした。……何もしてないけど。

 

 はだかんぼのままベッドに腰掛け、缶のままカルピスサワーに口をつける。

 

 おなじみの甘さが口の中に広がる。安心して飲み続けられるような安心感のある優しい甘さ。

 

 小さいころから大好きだけど、やっぱり大人になってからもやめることができない。たぶん、お母さんのおっぱいを卒業できない赤ちゃんのように、私はこの年になってもこの甘さを求めてしまう。

 

 だけど、大人の違うところは、この甘さにアルコールが入ってるというところだ。

 

 のどが少しずつあったかくなってきて、だんだん頭がとろんとろんになっていい気分になってくる。

 

 ビールとかワインとか焼酎とかそんな大人の飲み物のおいしさはわからない。

 

 だけど、カルピスサワーだけは私を裏切らない。昔ながらの味で私を気持ちよくさせてくれる。

 

 もし、カルピスサワーがなくなってしまったら生きていけるかどうかもわからない。

 

 もう、麻薬みたいなもんなのだ。

 

 本当の覚醒剤とかドラッグと違って、この乳製品ドラッグは規制されないからいい。

 

 もし、禁酒法なんてなったらカルピスサワーの飲めるところに高飛びしてしまうかもしれない。

 

 それがどこだかはわからないけど。

 

 一缶飲み干すと、とろんとろんのふわふわになってくる。

 

 姿鏡で身体を見てみる。うん。いい感じに酔っぱらって来ています。

 

 おっぱいもおしりもほんのり赤い。

 

 あんまり飲み過ぎると、次の日に起きれなくなっちゃうので仕事のある日は一日二缶までと決めている。

 

 それくらいの方が気持ちよく眠れるから。逆にそれ以上飲むと気持ち悪くなっちゃうのだ。

 

 冷蔵庫を開けると、ストックのカルピスサワー顔切れているのに気づく。

 

 ……しょうがないなあ。

 

 私は、クローゼットから白のダッフルコートを取り出し、はだかんぼの上に羽織る。

 

 玄関で裸足にロングブーツを履く。

 

 そして、部屋を出る。

 

 冷たい風が吹く中、私はコンビニに向かうのだ。

 

 肌にコート生地がちくちくする刺激とか、酔ってる肌にあたる風。

 

 実に気持ちいい。

 

 そして、人とすれ違うたびにわくわくする。

 

 きっと、この人達はこのダッフルコートの下がはだかんぼであることなんて夢にも思わないだろう。

 

 最上級に気持ちがいい。

 

 説明しよう。私は、酔っぱらうとちょっと変になるのである!

 

 というより、元からちょっと変なので、ある!




 すれ違う人の顔をじっと見てやったりもする。

 

 普段は人の目なんて見ることができないのに、眼鏡を外してぼんやりとしか見えないことと、アルコールが入ってる今の私だからできることだ。

 

 相手がどんな反応をしてるか、なんてこともこっちはわからない。そこがまた楽しい。

 

 楽しい。楽しい。楽しい。楽しいっ!

 

 アルコールの入ってる時ってすごく楽しい。あんなに楽しくなかった日常がこんなにも愉快に変わるんだもの。

 

 普段はお化け屋敷にいるのにお酒が入るとナイトパレードを見ているみたいに周りがキラキラして見える。

 

 ずっと、酔っぱらっていられればいいのに!

 

 酔っぱらっていても勝手にお金が入ってくればいいのに。

 

 いや、この際お金なんていらない! 冷蔵庫に勝手にカルピスサワーが補充されてればいいのに!

 

 そうすれば、お化け屋敷でお化けさんを相手にぶつぶつぶつぶつ言ってなくったっていいのだ。

 

 いっそのこと、お酒を飲んで授業をしてやろうか。そうすればあのお化け屋敷もナイトパレードに変わる。

 

 さまざまなお化けが軽快なリズムに乗って、明るい音楽と楽しいパレード!

 

 もう、なんて日だ! あはははっ!

 

     ◇

 

『ぴろぴろぴろーん、ぴろぴろろーん!』 

『らっしゃせー』

『お買い物中のみなさんこんにちはー。今週からこのコンビニだけにお送りするラジオプログラム――』

 

 お酒の力を借りれば、いつもと同じコンビニ風景もなんだか無性におかしい。

 

 なんだかコンビニコントでも始めたい気分!

 

『うぃーん』

『いらっしゃいませ』

『何名様ですか?』

『それ、客のセリフじゃねえだろ! あと、コンビニでそんなこと聞かねえよ!』

 

 的なね! オチは特に思いつかないけど! わー。あはははっ!

 

 そんな私を出迎えるかのようにお酒コーナーにはカルピスサワーのみなさんが並んでいた。

 

 ありがたいありがたい。全部買い占めてしまおう。あるったけのカルピスサワーを買い物かごに詰めると、レジの列に並ぶ。

 

 時間がちょっと遅めなのか、いかにも飲み会あがりで酔っぱらってます、みたいなお兄さんお姉さんたちが目立つ。

 

 酔っぱらってる人たちはいっぱいいても、この中でコートの下がはだかんぼなのは私だけだろうな、なんてことを思って勝手に一人でほくそ笑む。

 

『お待ちのお客様どうぞー』

 

 レジのお姉さんが私を呼んだ。

 

 え? お姉さん。私を誘ってるの? 

 なんてことを言い出したら真の酔っぱらいだけど、元の私が根暗を絵に描いたような性格故、アルコールが入ってるとはいえそこまで饒舌になることはない。

 

 アルコールは内気な人を陽気にするくらいの力はあると思うけど、私みたいな根暗のドンくらいになると、根暗のドンが普通の根暗になるくらいなので、端から見てもそこまでは変わらないとは思う。

 

 どうでも、いいけど『根暗のドン』ってなんか恐竜みたいじゃない。ネクラノドン。なんか『プテラノドン』みたいな! まあ! どうでもいいんですけどね!

 

『すいませーん。年齢確認のボタン押してくださーい』

 

 お姉さんが私の目を見てる……気がする。いや、見てないかもだけど、近視パワーでここは見てることにする。

 

【私は二〇歳以上です】

 

 のボタンを見てちょっと考えてしまう。そりゃ、私は実年齢上は二〇歳以上ですよ?

 

 ただ、二〇歳以上の大人と呼ばれている人達ははだかんぼの上にコートを来て夜道を闊歩するのだろうか。

 

 そもそも未成年だってそんなことしないんじゃないだろうか。

 

 だったら、このボタンは

 

【私は、はだかんぼの上にコートを着てコンビニに来るレベルですので、お酒を買う資格なんてございません!】

 

 とかにしてもらった方がいいな! 

 

 ……いや、だめだ。だって私がカルピスサワーを買えなくなるもの。

 

【私は、はだかんぼの上にコートを着て、おっぱいのさきっちょが生地に触れるたびに少しえっちい気分になってるレベルなので、店員のお姉さん、私をいただいてください】

 

 ってボタンがあったら速攻で押す。名人もびっくりの連写でレジを故障させる勢いで押す!

 

 っていうか、お姉さん可愛いな。赤縁の眼鏡可愛いな。

 

 お姉さん若いからおそらく深夜のシフトじゃないんでしょ。だったら私をお持ち帰りしてください。

 

 私なんでもします。うまく目を合わせられなかったり、うまくしゃべる言葉が見つからなかったり、足震わせたりとか。

 

 人見知り、口べた、そしてネクラノドンと、全てのスキルを解放してますから! 安心安全の実績で対応しますからー!

 

 ……まあ、そんなことを言えるわけもなく、無難にお札と小銭を渡し、無難にお釣りを受け取ることに成功した私は、ちょっとお辞儀をする。

 

 お姉さんに誘われることもなく、私はコンビニを後にする。

 

 まあ、しょうがない。というか誘われたら困る!

 

 誰も待ってないお部屋に戻るとしますか。――飲みながら!



 ぷしゅう、とプルトップを開けて、炭酸があふれないうちに口にそそぎ込む。

 

 冷たい風と温まってる身体、そこに甘い炭酸が流れ込む。

 

 あー、なんとかなっちゃいそう。全てがなんとかなっちゃいそう。

 

「先生?」

 

 誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえた。

 

「はい!」

 

 ……あ、癖で答えてしまった。どう考えても私を呼ぶ声じゃないのに。

 

 だって、そうでしょ。眼鏡も外してるし、いつもと違うコートだし、しかもお酒飲みながら歩いてるし……そりゃお化け屋敷の私とは思わないでしょ。

 

 しまった。誰か別の人が別の人を呼んでる声に反応してしまった。恥ずかしい。ネクラノドン、一生の恥。

 

「やっぱり先生だあ」

 

 その声の主は私に近づいてくる。

 

 ……え? 本当に私に用なの? 

 

 急に酔いが覚めていく気がした。





「せーんせっ!」

「ぬわっ!」

 

 後ろから思いっきり抱きつかれた。ふわっとした髪の毛が私のうなじにあたってるのがわかる。

 

 あ……いい匂いだ。このシャンプー好き……?

 

 一瞬、髪の毛のいい匂いがしたと思ったら今度は別の匂いが漂ってくる。

 

 甘い……ような、それでいてちょっと土臭いような。

 

 あ、あれだ。これ、無理矢理出席させられた先生方の懇親会の時と同じ。

 

 ワインの匂いだ。ブドウから作られてるってのにブドウジュースとは違って変な味のするやーつ!

 

 ワイン? 先生? 

 

 ってことは……この抱きついている誰かは私の生徒で……なおかつお酒を飲んでいる?

 

 未成年の飲酒は法律で禁止されています!

 

 そんなことは小学生だって知ってる。コンビニだって未成年にはお酒を売っちゃいけないんだ。

 

 だけど、コンビニのあのタッチパネルで『二〇歳以上』を押してしまえば誰だって買えてしまうのは事実。

 

 あのパネルさえ押すことができれば赤ちゃんだってお酒を買えてしまうのだ! まあ、その前に店員が止めるだろうけどね。

 

 未成年飲酒を注意しなければ!

 

 腐っても私教師なんだから!

 

 腐り腐って、腐葉土になって、カブトムシの幼虫とかにいい栄養を与えそうなレベルで腐ってるけど、私教師なんだ!

 

「……あ、あの!」

 

 抱きついてる腕をほどいて相手を見た。

 

 びっくりした。

 

 二十三歳年間生きてきて、それでいても今までに味わったことのない感覚があるなんて……。

 

 こんなことあるんだ。

 

 顔を見た瞬間、私、この人のこと好きだ……って感じることって――。

 

 好き。癖ひとつない髪の毛とか、可愛らしい奥二重とか。

 

 そして、思わず抱きしめたくなっちゃうほど華奢な身体。

 

 わんこみたいだ。ちっちゃなかわいいしっぽをふんふんさせて私を見ている。

 

 好きだ。好き過ぎて吐くたくなってくる。

 

「せんせ?」

 

 最初は、未成年飲酒を注意するつもりだった。だって教師だもん。当然でしょ?

 

 教師じゃなくて、大人としても当然でしょ。

 

 それなのに、私は――。

 

 怒るどころか、彼女を抱きしめていた。

 

 可愛い耳を鼻でつんつんする。

 

「ん……」

 

 ふと漏れた彼女の吐息まで好きだ。

 

 好きだ。はあ、好き。

 

 顔を髪に押しつける。わしゃわしゃわしゃ。

 

 可愛いですねー。よーしよしよしよし! とどっかの動物王国の人なみに鼻をなすりつける。

 

 何やってるんだろう。私。

 

 未成年飲酒を注意できてないどころか、外で女の子に抱きついている。

 

 そして、何よりもだめなのが……。

 

 私が抱きついているこの子――。

 

 この子……いったい誰なんだろう。

 

 公衆の面前で――、片手に缶のカルピスサワー、もう片方に袋に入った大量のカルピスサワー。

 

 そして、私の腕の中には誰だかわからない女の子。

 

 そんな二三歳、酔っぱらいの夜だ。 




   ◇

 

 気が付いたら、またカルピスサワーを飲んでいた。

 

 カルピスサワーはすごいなあ。いつ、どこでのんでも同じ味がするんだもの。

 

 全く知らない子の家であっても――だ。

 

 なぜか、知らない子に抱きついたらあれよあれよという間に……その子の家に上がり込んで――、一緒に飲んでる。

 

 酔いが一周回って来て、だんだん冷静に物事を考えられるようになってきてる。

 

 うん、問題が山積みだ。

 

 まず、知らない女の子の家に上がり込んでるということ。

 

 そして、知らない女の子と一緒にお酒を飲んでること。

 

 最後に、なにより――このコートの下は、はだかんぼだと言うこと。

 

 お酒の力って偉大だって思う。だってこの状態であっても何事もなく時間が過ぎていくんだもの。

 

 携帯をいじるふりをして時間を確認する。

 

 久々に現実から逃げたくなった。

 

 だって、もう午前三時を過ぎているのだ。やばい。さすがに帰らなければ。

 

 明日だって仕事なのだ。八時前には家を出ないといけないのだ。

 

 でも、帰るにもここがどこだかわからない! わかったとしても家までの道のりが全くわからない!

 

 そうだった。勢いだけでこの子についてきただけだった。ただ、後ろをついていったらこの家――このアパートに来ちゃったのだ。

 

 この家はアパート、というにはしっかりしすぎているほど、しっかりした作りだし、それでいてどことなくおしゃれだ。ちゃっかりオートロックだし、防音もしっかりしてそう。

 

 家具も統一感がある……っていうのかな。オサレすぎてよくわからないや。

 

 とにかく、私ように近所のカインズホームで適当にやすいやつを買う……みたいなことはしてないのだろう。

 

「せんせ、いっぱい飲んだねー」

 

 改めて、この知らない子を見る。私を「先生」と呼ぶからには学校の生徒だとは思うのだけれど……なんかうちの学校特有の派手さがない。

 

 ちゃんと黒髪だし、そこまで長すぎない髪だし、ピアスもしてないし……。

 

 いや、まあ、そういう生徒だって中にはいるから珍しくはないのだけれど、少数派である分、私が覚えていない、ってことにすごく違和感がある。

 

 それに私を「先生」って認めてくれてる生徒なんているのだろうか。本当にぶつぶつぶつぶつ言ってるだけの授業をしてる私を「先生」扱いしてくれる子がいたなんて――。

 

 当の本人は、家に入るなり開けたワインがもう一本空になっている。

 

 私には、未知の世界だ。そんなにお酒を飲んじゃったらいったいどんな光景が広がっているのだろう。

 

「ねえ、せんせ。私もせんせも明日学校だから」

 

 あ、そういえば明日が学校なのは、私だけじゃないんだ。

 

 ん……でもこのタイミングで帰らされても道が……。

 

 まさか、今更、ここがどこって聞ける空気でもないし……。っていうより私が聞きたいのは、「ここはどこ?」っていうよりも「あなたは誰?」ってことだし。

 

 私は得意のフリーズをしてみせる。どうしたらいいかわからない時の昔からの得意技だ。

 

 まあ、フリーズから解除されたところで解決策なんて見えてはこないのだけれど。

 

「よいしょっ」

 

 可愛らしい声を出すと彼女が立ち上がる。

 

 そして、服を脱ぎだした。

 

 フリーズが解除されるどころか、ますます私の身体は固まってしまう。

 

 水色を基調とした可愛らしいデザインの下着、彼女はそれをぽーんと投げ捨てる。

 

 彼女もはだかんぼになった。

 

 お酒のせいでおしりもおっぱいも真っ赤に染まっている。

 

 全体的に赤くなってる彼女の身体はどことなくえっちい。

 

「寝よ! 先生も脱いで!」

 

 ねねねね……寝る?

 

 なぜか頭の中には『ねるねるね~るね』というお菓子が浮かび、そのCMに出てくる魔女のおばあさんが頭の中をいったり来たり。うまい! てーれってれー。

 

 寝る? 脱ぐ? ……脱いで? 寝る?

 

 ますますフリーズに磨きがかかっているところに、彼女が私のコートのボタンを外す。

 

 あ、だめです。そのコートを外されると……。

 

 私もはだかんぼになった。

 

「だって、もともと裸なんでしょ?」

 

 ば、ばれてました!

 

「別に恥ずかしいことじゃないよ。私も裸好きだし」

 

 そういうなり、彼女は私の手をぎゅっとつかむ。

 

 ふぅあ……、人に手を握られるなんて、高校の時のフォークダンス依頼……ってことは女の子に手を握られるのなんて……初めてだ。

 

 すべすべしてるんだな、って思う。

 

 すごく上等なシルクをさわっているような、そんな感覚。

 

 私は、彼女のオサレベッドに連れて行かれる。

 

 あああああ、これがベッドインとかいうやつですか! いや、まだ心の準備が!

 

 っていうか、そもそも私も女で彼女も女なわけだし。そんな知識も技術も持ち合わせてないっていうか!

 

「じゃあ、おやすみ!」

 

 ……え?

 

 ふかふかの掛け布団を私にかけると、彼女はそこに潜り込んでくる。

 

 そして、リモコンで部屋をやや暗くしていく。

 

 なんで、照明までオサレなんだろう。

 

 うっすらとオレンジ色な照明に包まれながら、私と彼女は横になっている。

 

 知らない女の人と裸で横になる。私の人生の中にそんなことがあるなんて――。



「ねえ、せんせ。ぎゅっとしていい?」

 

 私が答える前に、彼女がぎゅうっとしてくる。

 

 さっきの上等なシルクを身体中に纏っているような、そんな柔らかい感覚を彼女の肌から感じ取っていた。

 

 ぎゅうううう。

 

 うん。抱きしめられるって。こんなにいいものだったんだ。

 

 こんなにいいもんだったらずっと誰かしらに抱きしめられていたかったよ。そうすれば今まで何も悩むことなんてなかったのに、寂しいことも悲しいことも何も、感じることはなかったのに――。



「せんせ、かわいい」

 

 彼女は笑う。あー、こんなに可愛い子がいたんだ。

 

 近視な私には、この距離で初めてわかる彼女の顔。

 

 人見知りな私が思わず気を許してしまうような、そんな人なつっこい顔。

 

 子犬のようで、子猫のようで――、それでいて人間の赤ちゃんのようで――。

 

 この子に対する不信、だとか疑うことだとか、そんな感情は一切湧いては来ない。

 

 そうか、だから私はこの子についていったんだ。酔いに任せて――、とかテンションに任せて――、とかそんなんじゃなくって必然だったんだ。

 

 ちっちゃい頃から神様なんて信じちゃこなかった。神社で日本の神様に手を合わせ、お寺で仏様に願い事をし、クリスマスにはキリスト教の神様にお祈りした。

 

 やっぱり他人におびえるような毎日は変わらなかったし、特にいいことだと言えるような日々を送ってきたとは言い難い。

 

 だけど、この子に出会うために私に生を与えてくれたのだとすれば、もしかしたら神様はいたのかもしれない。

 

 全てはこの日のためのスパイスだったかもしれない。

 

 悲しいことも寂しいことも、辛いことも鳴きたいこともあった。だけど、それは今日のためにわざわざ用意してくれた試練だったんじゃないかって思えた。

 

 今度は、私から彼女の頭を撫でて、ぎゅうっと抱きしめてやる。

 

 あー、すっごく気持ちいい。

 

 撫でること、撫でられること。

 抱きしめること、抱きしめられること。

 

 似てるようで全然違う。

 

 共通してることは、ただただ気持ちいいってことだけだ。

 

「かわいい」

 

 思わず声に出してしまう。だけど、言ってしまったことに対して後悔だったりとか恥ずかしさとかはなかった。

 

 だって、本当のことだったから。

 

「せんせ、私そんなかわいくないよ」

「そんなこと言わない。かわいいよ。赤ちゃんみたい」

「……じゃあ、私、せんせの赤ちゃんになっていい?」

 

 彼女の小さな頭が私の胸にうずくまってくる。私はそれを包み込む。

 

「いいよ」

 

富岡さんはきっと脱法的なアレなんだ。(3)

「んきゅっ……」

 彼女が小動物のように鳴くのを聞いて、私もなんだか息苦しくなってくる。

 苦しい。気持ちいい。苦しいって気持ちいいんだ。本当にど変態怪獣だな、私は。もうどうしようもないや。

 口ってあったかい。これだったら湯豆腐と一緒だね。彼女が声を出しやすいようにもっともっとあっためてあげないと。

 あったかい。そして甘い。苦しい。気持ちいい。

 普段は交わらないような感覚が交互に私の頭をもみほぐすような、そんな今まで味わったことのない気分。

 生きてればいいことってあるんだね。知らなかったよ。

 彼女の息がだんだん荒くなってきた。さすがにやめてあげないとまずい。

「この前の続き」

 また口から言葉が出てくる。そうだ。私はこの前のキスの続きがしたかったんだ。

 おなかが減るのと同じように、時間が経てば経つほど唇が恋しくなってくるあの感覚。

 その間も幸せな時間ではあったのだけど、私の口は……舌は彼女を求めていた。

「……起きてたんだ?」

 ちっちゃくて透き通るような声だった。うん、間違いない。

 やっぱり私彼女が好きだ。好きで好きでしょうがないんだ。

「その声が聞きたかった」

 声を出せたご褒美に私はまた舌を入れる。よくできましたよくできました。

 ぺろぺろと彼女の舌を舐めてやる。

 彼女の目はとろーんとしてきている。私の首もとはよだれで濡れてきている。

 もう、どっちのものだかわからない。私たちのよだれが首もとをぬるぬるさせる。

 えっちい耳たぶを人差し指でなぞってやる。

 目だけでなくとろーんとした彼女の身体がぴきっ……と震える。

 その瞬間、ベッドの上のヘッドホンが床に落ちた。

 ああ、これは割れた音だ。どうしよう。大事になものに違いないのに……。

 彼女の目がヘッドホンに向く。

 ごめん。ごめん。あなたの大切なものを――。

 何も考えられずにいると、彼女は私に覆い被さってきた。

 ぎゅう……と私に抱きついてくれる。

 なんで? だって私あなたの大切なものを壊しちゃったかもしれないんだよ。

「……ぅ……き」
「え?」
「好……きぃ」

 もう苦しいくらい彼女は私をぎゅっとする。

 ああ、やっぱり苦しい。けどやっぱり気持ちいい。

 私の目の前には、彼女のえっちい耳があった。

 はむっ……と耳を頬張ると、また彼女はぴくっと震える。だけど、震えながらもまだ私をぎゅっとしてくれている。

 私は耳を唇ではさむ。

 豆腐くらい温かい。だけど豆腐よりは堅い。

 唇くらい温かい。だけど唇よりも堅い。

 彼女のえっちい耳はすっぱくって、そして、どこかほろ苦かった。

 もう、私は眠らなくてもいい。おなかがすいてたって食べなくていい。

 彼女がいない方が……おそらく苦しいもの。

 授業を終えるチャイムが鳴る。カーテン閉めないと誰かが見てしまうかもしれない。

 だけど、やっぱりぎゅっとしてくれてる彼女をどけることはできない。

 彼女が私をぎゅっとする。そして私も彼女をぎゅっとする。

 保健室に近づく足音は聞こえなかった。

 私たちはぎゅっとしあって、何回もキスをする。

 聞こえるのは、お互いの吐息、そして加湿器の動く音がかすかにするだけだった。

 


第二話 耳と唇と豆腐だと、どれが柔らかくて美味しいのでしょうか。(了)

富岡さんはきっと脱法的なアレなんだ。(2)

第二話 耳と唇と豆腐だと、どれが柔らかくて美味しいのでしょうか。

 口笛はなぜ遠くまで聞こえるの、あの雲はなぜ私を待ってるの――、ぶっちゃけそんなことはどうでもいい。

 

 切実に私が知りたいこと、それは、なんで私は悪い夢ばかり見てしまうのか、ただそれだけ。

 

 私は夢の中で知りもしない人物に追いかけられるし、どこだかわからない建物から真っ逆さまに落ちていったりするし、なんだかよくわからない液体に沈められて苦しかったりする。

 

 こんな夢ばっかりだから、私は眠ることが嫌いだ。人間の三大欲求、食欲、性欲、睡眠欲なんてことを言うらしいけど、正直そんなものは欲してないし求めてもいない。

 

 睡眠欲なんてものがあるから、私は眠らなければいけない。眠ると必ずと言っていいほど夢を見なければいけない。その夢が私を苦しめる。

 

 汗だくになって目が覚める。怖い思いをいっぱいしたのに。時計の針はちっとも進んでない。

 

 だから私は、起きている。

 

 同じ町の全員が寝たとしても私は起きている。夢を見たくないから。睡眠欲なんてものがあるから、私は毎日起きていないといけない。

 

 食欲なんてものもいらない。そんなものがあるからお金なんてものが必要なんだ。

 

 食べていくために人は働かなければならない。

 

 楽しくもないのに笑顔を作り、聞きたくもない話に相づちをうち、そして、酒の匂いがぷんぷんする唇をキスをする。

 

 私のお母さんはそうやってお金を稼いでいる。夕方から出かけていき、朝方帰ってきてはトイレで嘔吐する。

 

 そこまでして何でお金をかせぐのか。私にご飯を食べさせるためだ。ご飯を食べさせるために毎日、飲みたくない酒を飲んで、しゃべりたくもない相手と話し、好きでもない相手と唇を重ねる。

 

 そうしないと生きてけないから。おなかが空いてしまうから。だからお金を稼がないといけない。食欲なんてものがあるから食べていかないといけないし、お金がないといつまでもおなかをすかせていないといけない。

 

 性欲もおそらくいらない。

 

 なんで「おそらく」なんて言葉を使うかというと、性欲っていまひとつよくわからないから。

 

 人を好きとか、愛するとか、欲情するという感情が全くわからない。今まで十六年間生きてきたけど、そういった感情がなくて困ったことはないし、これからも困ることはないんじゃないかと思う。

 

 だからいらない。後、性欲があるから男の人と女の人が結婚して子供ができて……なんて結局お金がかかるから――いらない。お金がかかるようなものは一切いらない。

 

 教えて、おじいさん。なんで人間はお金が必要なんですか。いつまで私は怖い夢を見るんですか、いつまでお母さんは酒臭い男の人とキスをするんですか、いつになったら――私は欲情を覚えるのですか。

 

 おそらく、おじいさんもアルムの森の木もヤフー知恵袋も教えてくれないこの疑問を誰か教えてくれる日がくるのだろうか。

 

 そんなことを思いながら私は今日もなかなか動かない時計の秒針をぼんやり眺めている。

 

 ◇

 

 性欲ってどこに落ちてるんだろう。

 

 向かいのホーム、路地裏の窓、こんなとこにあるはずもないのに……。

 ましてや、この女子校の教室……なんてところに落ちているとは思えない。だってこの教室は腐ってるから。

 

 授業中だと言うのに教室の九十パーセントは携帯をいじっているし、残りの生徒だって雑誌を読む、マンガを読む、化粧をする――、まあ絵に描いたような腐り具合。

 

 腐ったみかんどころじゃない。

 

 腐ってもう原型が何かわかってない『何か』だ。そんな、なんだかよくわからない『何か』で構成されたこのクラスという箱の中に性欲なんてものが転がっているわけがないんだ。

 

 箱が腐ってれば、教師だって腐っている。だって、誰に聞こえるわけでもなく「それって声なの?」ってレベルで何かを発しているのだから。

 

 まあ、そりゃ原型をとどめていない『何か』なんだから、おそらく聞く耳なんて持ってない。食パンでも耳はあるってのに、この箱の中に耳を持ってる人がいないんだ。

 

 だから、別に授業しなくたっていいんだろうけど、一日何も考えずに声じゃない『何か』を発しててお金がもらえるんだから、本当に腐っている。

 

 こんなに楽してお金をもらって、ご飯を食べて、あったかくして寝られるなんて本当に本当に本当に、腐っている。

 

 こんなことを言っている私だって端から見たら、原型をとどめてない腐った『何か』には違いないのだ。

 

 もっと私が頭が良ければ腐らずにはすんだのかもしれない。これと言った特技もなく、成績がクラスで中の上。そんな私が学費全額免除の特待生として入れる学校は、この腐った箱しかなかったんだ。

 

 もしも、私に食欲なんてものがなかったら、食費の全額を学費にあてられるのに。

 

 そうしたら、もうちょっとマシな箱に入れたかもしれない。そして、お母さんが酒臭い男の人とキスをしなくてよくなったかもしれない。全部欲のせいだ。欲のせいで私は腐ってなければいけないんだ。

 

 腐ってる『何か』が密集してるせいかこの箱は、ぽかぽかしてる。暑すぎず、寒すぎず、絶妙のぽかぽかだ。



 このぽかぽかのご紹介で私の睡眠欲がゲストとしてやってくる。私の両腕を枕に、教師の声じゃない『何か』をBGMに――。ようやく、私は睡眠をとることができる。

 

 この腐った『何か』だらけの箱でもほめられる点はある。それは、ここで眠っても夢をみないということ。そして、チャイムという目覚ましアラームもついていること。そして、いくら眠っても無料であること。

 

 つまり、この環境であれば私は問題なく生活していくことができるというわけ。……悔しいけど。




 今日もチャイムの音で目が覚めた。

 我ながら器用な睡眠スタイルだと思う。まあ、それだけ授業中静かだと言うことだろう。悪い意味で。

 

 今のチャイムが四時間目の終わりを告げたので、それと同時に昼休みが幕を開けた。長い長い昼休み。長すぎて石になっちゃうんじゃないかと思うくらい。

 

 しゃべる相手もいない、行くところもない私にとって一時間も自分の席に座って過ごすなんて至難の業だ。

 仙人か何かになってしまいそうだ。

 

 だけど、私は仙人のように霞を食べて生きていくことはできない。これも、食欲なんてものがあるせいだ。

 

 いっそのこと仙人にでもなってやろうか。白いお髭を生やして、頭をつんつるにして、クリスマスには、赤い服を着て、トナカイが引くソリに乗り、プレゼントを配る。

 そんな仙人に私はなりたい。

 

 仙人になるには、まずこの長い一時間を昼食でつぶさなければならない。

 

 それも、このラップに包んだおにぎり一つで――。

 

 ラップに包まれた真っ白なおにぎり。シーチキンマヨネーズとか炙り鮭ハラスとかそんな気のきいた具が入ってるわけじゃない。

 

 シンプルな塩おにぎり。山に芝刈りに行ったおじいさんがうっかり穴に落としてしまいそうな、ランニング、短パン姿の絵描き大将が好きそうな、焼いて醤油を塗ったらおいしい焼おにぎりになりそうな、そのくらい絵に描いたようなおにぎりなのである。強いて言えば海苔が巻いてないことくらい。

 

 といっても、私はおにぎり特有のウェットタイプ海苔があまり好きではないので、これはこれでいいのだが――。

 ラップを開けると冷めたご飯特有の「のわーん」とした匂いが鼻孔をくすぐる。

 

 あーむっ。

 

 うん、お米ってスイーツだ。甘い。ゆっくり噛み噛みすると余計に甘い。魔法瓶に入ったちょっとぬるめの緑茶をすすると、なんだか優雅なお茶の時間を楽しんでる……気がしないでも……いや、しないな。所詮、米は米だ。

 

おそらくケーキとかの方が甘くて美味しい。米がなかったらケーキを食べればいいじゃない。甘くて美味しいし。

 

 甘いのは最初のほうだけで、中盤にさしかかるとやっぱり何かしらおかずも欲しくなってくる。美人は三日で飽きるらしいが、お米は十五分で飽きますな。

 

 ふと、周りを見渡すと腐ってる『何か』のみなさん、まあ、クラスメイトとか言うらしいですが、そのみなさんも各自それぞれお食事中のご様子。

 

 ぶっちゃけ、そのみなさんが食べているものにそれほど興味がない。ただ、みなさんに常時着いてるアレが気にかかるのです。

 昼食に塩おにぎりを食べる時に思うのです。

 

 耳って、口に含んだら、おそらく美味しいんじゃないか、なんてことを――。

 

 

 

 最初は、単純に餃子食べたいなーって思ってた。だって、この箱の中には生徒数の二倍の餃子が宙に浮いているようなものだもん。

 

 リンゴ狩りならぬイチゴ狩りならぬ、餃子狩りができちゃいますね。

 

 けど、実際とって食べないことを考えると、紅葉狩りとかに近いのかもしれない。

 

 餃子食べたいなー、ってこっそりと周りの耳を見ていた。いろんな形の耳があるんだって思う。大きかったり、小さかったり、髪にかかってたり、かかってなかったり、柔らかそうだったり、堅そうだったり……。

 

 だんだん、あれを噛んでみたいって思うようになってきた。

 

 噛んだらみなさんはどんな反応をするんだろう。そう考えると、なんだかおなかがもやもやしてきちゃうのだ。

 

 私って変だ。

 

 だって、食欲が発動してきちゃうのだから。こんな時におなかがもやもやしてきちゃうとかもう特殊な身体としか考えられない。

 けど、なんだろう。このおなかのもやもやは、なんとなく今までの食欲とは違う気がする。

 

 もしかしたら、本当に特殊な身体になってしまったのかもしれない。

 私は人間じゃないかもしれない。怪獣だ。近いうちにヒーローにやっつけられてしまう怪獣なんだ。

 

 そう、考えてみればこの箱も非常にカオス。だって腐ってる『何か』と怪獣で構成されているのだから。

 もう、地獄絵図でしかない。

 

 耳ウォッチングをしてるうちに私はなんとか長い長い昼休みの一時間を終えることができる。

 

 おにぎりを食べ終わったというのに、おなかのもやもやは止まらない。

 でもそれもまた授業が始まって、眠り始めたらいつのまにか治ってるから不思議だ。やっぱり私は怪獣なのかもしれない。

 

 毎日見ているとさすがにほとんどの耳は見終わってしまっている。こんだけ見ていたら、多少髪が長くて耳を覆っていても、髪をかきあげた瞬間に見えてしまう。だからほとんどの耳はコンプリート済みなのだ。

 

 あと二つの耳を除いて……。

 それは、私の斜め前に座っている彼女の耳だ。

 

 腐った何かで構成されているこの箱、その中でも彼女だけはどことなく違っていた。

 

 教室でノートと教科書を広げている。

 ごくごく当たり前の授業態度ではあるが、この箱の中ではすごく珍しい光景である。

 

 つっぷして眠るために私はもちろん教科書ノートなんて広げていない。私だけじゃない。みんな机の上には基本的には雑誌、マンガ、ペットボトル、ちょっとしたお菓子、そんなものが散らばっているだけで筆記用具さえおいてないのがこの箱の常だ。

 

 だって、授業をしていないのだもの。

 教師の声は聞こえないし、試験は何を持ち込んでもいい形式なので特に授業を受けなくったってまず点数を落とすことはない。

 

 ただ、出席しないと進級はできない関係で、席にはみんな座っている。携帯電話をいじろうが、雑誌やマンガを読もうが化粧をしようが、――寝てようが出席は出席なのだ。

 

 そんな中、彼女は一人だけ休み時間には次の授業のノートと教科書そして、筆記用具を並べ、授業が始まると前を向いて板書をとる。

 

 異様な光景だった。

 

 私はそんな異様な光景を薄目に見つめ、眠りにつくのである。

 

 おそらく、彼女は私が眠っている間にもちゃんとノートに授業内容をまとめているのだろう。

 

 何でなんだろう。

 

 あれだろうか。内申点をよくして大学進学をねらっているのだろうか。こんな学校でも一応指定校推薦はあるからね。

 

 もしかしたら、彼女は根っからまじめな性格なのかもしれない。

 ちゃんと校章を襟に付けてるし、スカートは短くしてないし、髪だって真っ黒だ。

 

 何か間違ってこの学校に入ってしまったのだろう。大学くらいは、ちゃんとした人が集まったところに行って欲しいもんだ。

 

 だけど、釈然としない。そのくらいまじめな彼女には、一つだけ彼女にそぐわないものがある。

 

 そして、それが彼女の耳を見えなくしている理由でもあるのだけれど――。

 

 彼女は常時、ヘッドホンをしているのだ。



 全く癖のないさらさらの黒髪。

 その上に真っ白なヘッドホンがちょこんと乗っかっている。

 なんだか、遠くから見るとまっしろな耳あてをしてるように思わせる。そんな真っ白なヘッドホン。

 

 なんだか、シロクマの耳みたいで可愛いなーとは思ってた。けど、よくよく見ると堅そうなプラスチックで彼女の耳を覆っている。

 彼女は、このシロクマをいつもつけている。

 どんな授業だろうがつけてる。

 体育だって音楽だってホームルームだって常につけてる。

 だから、彼女が人としゃべってるところを見たことがない。というより、声を発しているところを見たことがない。

 

 というのも、出席をとる時にいちいち点呼をしないし、授業中、教師に当てられて答える、なんてことをしないこの学校だから何も困ることなんてないんだけど。