すみやきの小説置場

小説を書き始めた18歳から三十路の今に至るまでのすみやきの小説置場

私の『先輩』

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 静まった教室に生物教師の声が響く。

 静かだからと言ってみんな熱心に聞いてるわけではない。今は昼休み明けの五時間目。みんなシエスタとしゃれ込んでいるだけだ。ましてやこのクラスは私立文系クラス。受験に生物が必要な生徒などほとんどいない。

 そしてこの学校は女子校だから他の生徒の目を気にせずにシエスタに専念できるというわけだ。普段は真面目な委員長でさえ歯ぎしりをしながら机に突っ伏している。よく見ると隣の列が全員机に突っ伏して寝ていた。

『ビンゴ

 私は心の中でそう叫んだ。別にこの光景はめずらしいことじゃないんだけど……。

 みんなが白昼夢の世界にいる中、私は机の中からルーズリーフを取り出した。別に黒板を書き写す訳じゃない。これはちょっとした暇つぶしだ。

 まずハサミでルーズリーフのバインダー部分を切り取る。そして升目を数えて正方形ができるように切り取る。これで即席の折り紙のできあがりである。これで私は残り四〇分の授業時間を潰すのだ。

 折り鶴、手裏剣、奴さん。夢中で作る。そうしてると五〇分間の授業なんてあっというまに終わってしまう。今日も兜の制作途中で授業が終わってしまった。この五時間目が終わると楽しい楽しい放課後が待っている。

 私は急いで机の中のものを鞄にしまう。早くしないと

「ねえ。福西さん」

 帰ろうとする私を呼び止める声がした。声の方を見るとクラスメイトの大木さんが私を手招きしているのがわかった。

 大木さんはクラスの中心人物だ。別に学級委員でもないのに裏でクラスを牛耳っている。そのせいか彼女は授業中以外は大勢のクラスメイトを連れ回している。現に今も何人もの子分が彼女の回りを金魚の糞のごとく取り囲んでいる。

「福西さんってさあ、部活とか入ってないよねえ」

 大木さんからはきつい香水のにおいがした。女の私でもきついのに男子とかはどうなのかなとか思う。というよりここは女子校なのに誰を魅了する必要があるってんだろう。

「別に入ってないけど」と私は答える。

「あーやっぱりー。そうだと思ったんだあ」

 どうでもいいけど早く終わらしてくれないかな 私はあなたと違って暇じゃないんだよ。

 そんなことはもちろん口に出さない。口に出せるような性格だったらどんなに楽か。

「いやーあのねー。帰宅部帰宅部同士親睦深めようと思ってえさあ」

 そんなことなんで思ってしまったんだろう。そういうのが嫌だから部活に入っていないというのに。

「でさあ。これからアクセとか見に行かない 福西さん全然そういうのしてないし化粧もしてないじゃない。そういうすればちゃんとかわいくなると思うんだよね」

 素直にブスと言ってくれればどんなに楽か。

「悪いけど」

 私は口を開いた。

「ちょっと急いでるから」

 そう言ってから私は席を立つ。

「えー 塾か何か

 大木さんはまだ食い下がってきている。

「いやそんなんじゃないけど」

「えー。いいじゃん行こうよー」

「本当に……急いでるから」

 声を多少大きくして言った。そして私は走って教室を出て行く。何も見ないように、そして何も聞かないように。

 私がいなくなった教室で大木さん達は私の悪口談義に花を咲かせることだろう。もしかしたら明日から私はハブられるかもしれない。けど私はそんなことは気にしない。

 そんな扱いはもう慣れっこだから。

 

     ◇◇◇

 

 霧生(きりゅう)駅、三番ホーム。そこに先輩の姿はあった。肩にスポーツバッグを担いで、文庫本を片手に電車を待っている。

 片品 啓吾(かたしな けいご)先輩。私の学校の隣の男子校に通う高校年生だ。

 女の子みたいなまっすぐなショートヘアーで銀縁の眼鏡をかけている。彼のいかにも優しそうなおっとりした表情は私の胸のなかをきりきりと痛めつけていた。

 先輩を初めて見たのは中学校の時だった。中学校の図書室のカウンター席で一人読書をしていた男子。それが片品先輩だった。

 片品先輩を見たときに私は思った。一目惚れって本当にあるんだって。

 私は当時クラスで流行っていたアイドルグループにも興味がなかったし、クラスの女子の何人かが読んでたBL系の漫画にも興味がなかった。

「もしかして女の子が好きなんじゃないの

 そんな私を見て当時の友人は言った。しかし残念ながら私は同性愛者ではなかった。

 ただ『恋愛』というものに興味がなかっただけ。恋愛なんて私よりかわいい子達だけがするもんだと思ってた。

 ただ片品先輩を見たその日から私の頭の中は片品先輩で一杯になっていた。その日から私の『恋愛』は始まったのだ。

 まず片品先輩のことを調べ尽くした。生年月日、血液型、住所、そして電話番号。これらを紙に書いて暗唱できるほど見つめた。

 そして図書室に通い詰めた。図書委員だった先輩は昼休みや放課後はほとんど図書室にいた。それでカウンターに先輩がいる時を見計らって本を借りた。

 先輩は貸し出しの時にはなにも言わなかった。図書カウンターの仕事自体が単純作業だからだそう。

 きっと私が貸し出しについて質問の一つや二つすれば先輩は優しく答えてくれただろう。だけど私にはそれができなかった。どうしてもできなかった。もともと内気で人見知りな性格もあった。それでも話しかけようとして前の日の夜に自分の部屋で話しかける練習をした。けどいざ先輩の前に立つとてんぱって何も考えられなくなってしまうのだ。だから高校生となった今でも先輩の声は聞いたことがない。こうやって駅で先輩をながめてるのが精一杯なのだ。

 私が駅に着いてからしばらくして登り列車が到着した。先輩はその電車に乗って空いている座席に座る。そして電車は行ってしまった。私の大好きな先輩を乗せて

 私は黙って線路を見つめていた。先輩を乗せていってしまった電車が走った線路を

 そんなことをしているうちに私の乗る下り電車が反対側の車線に到着した。

 

     ◇◇◇

 

 深夜二時。

 私は机に座ってルーズリーフを切って折り紙にした。その折り紙で私は『先輩』を作った。それは思った以上にうまくできた。授業のほとんどを折り紙に費やした成果だ。

 それから私は作った『先輩』を胸に抱きしめてみた。なんだか幸せだった。涙が自然に溢れて、『先輩』を濡らした。

 そして私は作った『先輩』を口に入れた。『先輩』はなかなか噛み切れなかった。そして少し苦かった。なんとか飲み込むとまた涙が溢れてくる。

 泣いては作り、泣いては作りを私は繰り返した。

 私の『先輩』作りは授業中にまで及んだ。『先輩』を作ってはバッグの中に入れた。

 そして家に帰ってからそれを食べた。そうするたびに先輩と一つになれたような気がしてまた涙がこぼれた。

 そんなことを続けてる内に私は授業中に気持ち悪くなることが多くなった。よく保健室に行った。そして『先輩』と一緒に保健室のベッドで眠った。

『先輩』を食べ続けて一週間が経った。もう私は『先輩』以外のものが何も食べられなくなっていった。だから授業中もフラフラだった。

 そしてついに私は体育の時間校庭でぶっ倒れた。

 担任の先生と保健の先生は私を早退させた。私はクラス委員が保健室に持ってきてくれた私の制服に着替えて帰ることになった。

 霧生駅には私以外だれも電車を待っていなかった。私はポケットから『先輩』を出した。そして握りしめた。それだけで私は安心感を覚えた。

 それからしばらくして静かな駅に革靴の音が響いた。

 片品先輩だった。私が紙で作った『先輩』じゃない本物の片品啓吾先輩。

 私はふるえが止まらなかった。私が毎日作って、食べて、また作った先輩がそこに立っている。

 私は手を離してしまった。

 その瞬間私の持っていた『先輩』が線路に落ちた。私はそれを拾おうとした。

 自分の中では一刻も早く『先輩』を拾おうと必死だった。

「あぶない

 誰かの手が私の肩に触れた。

 先輩の手だった。私の頭の中が真っ白になって先輩の指の感触を感じる余裕もなかった。

「あっごめん……」

 先輩はそう言うと私の肩に置いた手をすぐに引っ込めた。

「いやなんだか線路に落ちていくように見えたからさ。おもわず……」

 先輩は顔を赤くして言った。初めて聞いた先輩の声は思ったより高かった。

「あれを取ろうとしたの

 先輩は線路に落ちた『先輩』を指さしていった。私は黙って頷く。

「ちょっと待てって」

 先輩は線路に降りて『先輩』を拾い、そしてまたホームに上がってきた。

「はい、これ」

 先輩は『先輩』を私に渡した。そのとき私は先輩の手に触れることができた。かさかさでそしてなんだか冷たかった。

「ありがとうございます」

 私は言った。声を出せたことに自分でも驚いた。

「いいよ。気にしないで」

 そう言って先輩はずり落ちた眼鏡の位置を直した。

『まもなく、上り列車が参ります。黄色い線の内側に下がってお待ちください』

 電車の到着を告げるアナウンスが流れた。

「あ、俺この電車に乗るんだ」

 先輩はそういって地面に置いたスポーツバックを担いだ。

「君は

 私は首を振った。

「そう……」

 右の方を見ると先輩が乗る登りの電車が近づいていた。

 また先輩が行ってしまう。また先輩が私から離れていく。またあの電車が先輩を連れて行っちゃう。

 そんなの……いやだ。

 私は先輩の背中を思いっきり押した。今出せるすべての力を出して先輩を押した。

 すると先輩はいとも簡単に線路に落ちた。

 右からはもう電車が来ていた。

 

 そしてその電車は先輩を ばらばらにした。

 

 ばらばらになった先輩のいくらかが私の上にかかった。

 私は足下を見る。すると真っ赤なものが落ちていた。

 先輩の指だった。

 私はその指を紙の『先輩』で包んだ。そしてそれをポケットの中に入れた。

 反対のホームには私が乗る下りの電車が着いたところだった。

 私は空いている座席に座る。

 そして私はこれからずっと先輩と一緒にいられる幸せを噛みしめていた。

 下り列車は何もなかったかのように駅を後にする。私と、私の先輩を乗せて。   (了)