すみやきの小説置場

小説を書き始めた18歳から三十路の今に至るまでのすみやきの小説置場

鮭チャーハンを食べる動物に恋をした。(1)

 やあ。いきなりだけど僕の話を聞いてもらいたい。
 ほんのちょっと長くなっちゃうけどね。
 今から僕の言うことを文字に起こしたら原稿用紙六十枚程度にはなると思うんだ。
 だけど、話を聞くのに疲れたらお茶を飲んだり、寝っ転がったりして休んでくれてもいっこうにかまわない。
 そもそもお茶を飲んだり寝っ転がりながら話を聞いてもらってもいい。
 もちろん、立って聞いてくれたってかまわない。もしかしたら、同人イベント会場の立ち読みコーナーだったり、スペースの机の前かもしれないし、イベント帰りの電車の中かもしれない。
 なんでそんな場所で話を聞けるのかはよくわからないんだけど、まあ要は、好きなタイミングに好きなように聞いてくれってことだ。
 僕は君が聞いてくれる時にいつでも話すからさ。
 いや、まあ単純に暇なだけなんだけどな。僕としてはどんな形でも聞いてもらえばそれでいいんだ。
 さて、今から話すことは恋についてだ。
 誰でも恋ってやつは一度は経験するもんだと思う。遅かれ早かれ……ね。
 僕の場合は高校生の時だから遅い部類に入ると思う。
 初恋が遅かったからといって恋愛自体に興味がなかったわけではない。
 むしろ恋愛がしたくてしたくてたまらなかった。
 だから恋愛ものの漫画やゲームに明け暮れていたほどである。だけど初恋の人はいつまでたってもなかなか僕の目の前に現れなかった。
 それもそのはずで、僕の通っている学校が中高一貫の男子校で、どこを見渡しても男しかいない(あろうことか教師も全員男だ)。
 初恋の人どころか初恋の人候補も現れない状況で、僕の小説や漫画やゲームなどを利用した擬似恋愛はますます進んでいく。
 もう何人の女の子と付き合ったかわからない。いや、もちろんもちろん脳内で!
 そんななかで僕はついに初恋の人に出会った。いや、初恋の「人」っていうのには語弊があるかもしれない。
 だって僕の初恋の相手は「ツキノワグマ」なんだから。
 あ……いや、笑えないって。ボケが今ひとつだって。いや、マジなんだからしょうがない。別にボケてるわけじゃないんだぜ。
 本当に僕の初恋の相手は「ツキノワグマ」だったんだ。
 笑っちゃうだろ。信じられないだろ。そんな笑っちゃって、信じられないような僕の初恋話を今から語ろうと思うわけだ。
 君が飽きちゃわないように僕も頑張って話すから、最後まで聞いてくれると嬉しい。

     *

 月野 琢磨(つきの たくま)。これが僕の名前。
 僕は自分の名字が嫌いだ。小さなころからずっと嫌いだった。
 これは、小さな時から今に至るまで僕はまわりの友達よりも体が大きかったことにも関係がある。
 縦にも横にも人より大きかった僕は、年齢をいつも実年齢プラス5くらいに見られてしまう。
 僕の名字、そして僕の体型からまわりに付けられたあだ名、それは「ツキノワグマ」だ。
 ツキノワグマ、なんと間抜けなあだ名だろう。
 なんてったって「クマ」だよ「クマ」。本名の「タクマ」のほうが短いって話だ。
 このせいでずっと同級生の男子にはからかわれてきたし、女子には笑われてきた。
 学校の先生まで僕のことを「ツキノワグマ」と言われる始末だ。
 未だに僕が人見知りであるのはこのへんが関係している気がする。
 ……するったらするんだってば。
 そんな僕にもあるひとつの願いがある。

 それは恋愛がしたいということ。

 ……まあ、そうポカーンって顔されるのも想定内だから大丈夫。
 ちょっと心理的ダメージがあることは否定しないけどさ。 
 いや、もしかしたらいきなりそんなこと言って今頃笑われるかもしれない。
 何言ってるんだ? お前、みたいなさ。
 でも僕は十七歳、高校三年生なのだ。
 異性に興味を持つな、と言う方が無理な話だ。
 デートもしたこともなければ、まともに話した経験もないという絵に描いたような非モテなやつ、それが僕だ。
 年齢イコール彼女いない歴、それが僕だ。
 恋愛がしたくて何が悪い!
 僕くらいのレベルの非モテになると、女の子への興味がふくれあがって今日にも爆発しそうな勢いだ。
 爆発したら困る。たぶん怪我するし。そうしたら痛いし。
 そこで僕はこの爆発しそうにふくれあがった女の子へのあこがれをどうにか発散しなければいけない。
 駅前でナンパ……なんてできるわけがない。
 そんな度胸も器量も持ち合わせていない。
 だから、僕はこうした欲情を恋愛ゲーム、恋愛漫画で発散する。
 高校三年生は全国的には受験生というやつなんだろうが、僕の通っている学校は進学とは縁が遠い言うところの馬鹿高で僕やクラスメイトはいつも通りに遊びまくっている。
 まったく気楽な連中である(僕を含め)。
 だから高校最後の年になった今でも僕は家で(擬似)恋愛三昧というわけだ。
 今日、僕は習慣になっている恋愛シミュレーションゲームを攻略中だった。
 僕ぐらい非モテになると、服を買うことも仲間と出かけることもないのでお小遣いの全てを恋愛ゲームや恋愛漫画につぎこむことが可能だ。
 毎月毎月、新しい恋愛ゲームや漫画を購入していくと、本棚一杯の僕の『恋愛コレクション』は構築されていくのである。
 今日も今日とて、時計はもう深夜二時を回っていた。
 しかし、もう少しで目当ての女の子を落とせるところだ。
 ここでやめたら男がすたる。かといってこれ以上プレイを続けたら明日の朝起きられる自信がない。
 となればここで選択する道はただひとつ。
 徹夜だ。
 しかも一睡もしない貫徹だ。睡眠時間? そんなもの授業中にたっぷりと用意されてるから大丈夫!
 そうと決まればさっそく準備だ。
 貫徹にはコーヒーや緑茶などのカフェイン類、あと栄養ドリンクが必要だ。
 僕はコンビニへと向かう。

 必要なものを買った僕は家路を急いだ。
 早く帰ってゲームがやりたかった。
 ゲームの中の女の子といちゃいちゃしたかった。
 僕の家からコンビニまでの道は昼間でさえ誰も通らないほど閑静な住宅街で、深夜二時を回った今では物音ひとつ聞こえてこない。
 しかも街灯が少なく、夜にここを通るときは少し勇気がいる。
 いつまでもここにはいたくない。ここはますます早く帰りたい。
 僕の家まであともう少しというところだった。
 僕は普段ではありえない光景を目にすることになる。

 クマがいたのだ。

 クマが自動販売機の前に立っていたのである。
 しかも何かを買おうとしているらしい。じっくりと自動販売機のラインナップを見つめている。
 僕はどうすればいいだろうか。
 警察に通報するべきか。
 コンビニへ逃げるべきか。
 それとも大きな声で助けを求めるべきか。
 僕がそんなことを考えているとクマと目が合った。
 あ、やばい。僕死ぬ。
「ねえ、君」
 僕はクマに話しかけられた。しかもけっこうかわいい声で――。
 クマはつぶらな瞳で僕の方を見ていた。
 僕はクマをただ見つめるくらいしかできない。
 たぶんクマ側からみたら相当アホ面になっているに違いない。口をぽかーんと開けている僕の図はたぶん面白いかも知れない。
「ねえ、ねえ君。そこのアホ面っぽい顔してる君」
 どうやら本当に僕は今アホ面らしい。今すぐ鏡で確認したいのはやまやまだが、こんな道のど真ん中に鏡があるはずもないし、第一今はそんなことをしている場合ではない。
「……僕?」
「そう君」
 クマは大きな手で僕を指さした。
 まるでぬいぐるみのような大きな手で……。
 うん? ぬいぐるみ?
 僕は思いきってそのクマの手を握ってみた。とてもふわふわしてて心地よい手触り。
 どうやらクマ特有の鋭い爪もないようだし、まず獣の匂いがしない。
 漂ってくるのはただ甘くて少しすっぱい。
 そう、女の子の匂い。
 あの中学生の時に女の子から漂うとてもいい匂いそのものだった。
「どうしたの。いきなり手なんか握ってきて」
 クマが僕に問いかける。
 問いかける時にクマが少し首をかしげる
 それがとてつもなく可愛い。
 まるで女の子がクマのぬいぐるみに入ってるみたいな感じで……。
 うん? 女の子がぬいぐるみに?

 僕はクマに抱きついてみる。

 とてもふわふわして気持ちのいい抱き心地。
 さっき漂ってきたいい匂いがますます強くなって僕を安心させる。
 ああ、ずっとこうしていたい。
 抱きついていると胸のあたりが三日月状に白く輝いているのがわかった。どうやらこのクマはただのクマじゃない。
 このクマは「ツキノワグマ」だ。
「……むう。どうして。抱きついてくるかなー。見ず知らずの人に」
 ツキノワグマは自分のことを「人」と言った。
 僕はもうちょっと抱きついていたい衝動を振り切って、ツキノワグマから一旦離れた。
 目の前にいるのは厳密に言うと「ツキノワグマ」ではなかった。
 そりゃそうだ。
 本当の「ツキノワグマ」だったら、僕が手をにぎったらもうちょっとゴツゴツしているだろうし、僕が抱きついたら僕は今頃本当に大変なことになっているだろうし。
 結論から先に言うと目の前にいるものの正体はツキノワグマの着ぐるみを着た女の子だった。
 まるまると大きなツキノワグマの着ぐるみを顔が可愛らしい女の子が着ている。
 自動販売機の明かりだけなのでよくわからないが、けっこう可愛いのではないだろうか。
「えーと。こんばんは」
 よくわからないけど、とりあえずあいさつ。
「うん、こんばんはー」
 ツキノワグマはぺこっとおじぎ。
 そのおじぎの時にツキノワグマの大きな頭が僕にあたりそうになる。
「あの……それで?」
「それでって?」
「僕のこと呼び止めたでしょ。『ねえ君』って」
「あー。そんなこともあったね」 
 ツキノワグマはそう言って自動販売機を指さした。(指さした、と言っても手はむくむくのぬいぐるみの手なので指さしたというよりは手を自動販売機の方に向けたという表現が正しいかもしれない)
「ちょっとボタンを押して欲しいんだ」
 あ、なるほど。
 その大きな手じゃ自動販売機のボタンは押せないよな。それだったらおやすいご用だ。
 お安いご用だけど、ツキノワグマは何を飲むのかな。やっぱりハチミツか何か? 
 けどそれは某黄色いクマの大好物であって、この着ぐるみぬくぬくツキノワグマに当てはまるかどうかはわからない。
「わかりました。んで、どれを押せばいいの?」
「んーとね。ホットミルク。温めのやつ!」
 ツキノワグマは嬉しそうに叫んだ。
 一応深夜なんだからもうちょっと声の音量は下げた方がいいと思うんだけど。
 まあいいか。どうせツキノワグマがやってることだし。
 動物のやることにいちいち文句は言わないだろ。
「あーと。ホットミルク? 温め……と。んー」
 結論から言うとそんなものはなかった。
 というよりよく考えてみれば、自動販売機に「ホットミルク」なるものは売ってないということはわかる。もちろん「温め」とかそういう以前の問題としてさ。
「えーと、ないですよ。ホットミルク」
 僕は現状をツキノワグマにそのまま報告。
「そんなことないんじゃない?」
 またまた首をかしげてとても可愛いツキノワグマだ。
 そんなに可愛く首をかしげられてもこっちは困る。
 まあいいやとりあえずまた抱きついてやれ。えいっ。
「んみゃ。どうしたのさ。また抱きついたりして。抱きつかれると私腰がいたくなっちゃうんだけど」
 どうもババくさいツキノワグマである。
「ババくさくて悪かったなー」
 どうやら聞こえていたらしい。
 この思ったことを勝手に独りごちる癖は直したほうがいいな。
 まあ直し方なんかわからんわけだが。
「ババくさいって言ったのはあやまるけどさ。ないんだよ。本当に。ホットミルク。見てみなよ。その可愛い目で」
「可愛いって私の目」
「そう」
「へへっ。可愛いって言われちゃったよ。私。きゃーあ」
「きゃーあはいいけどちゃんと確認してよ」
「はい、します」
 じ――っと自動販売機を見つめるツキノワグマ
 このまま背中を押したらツキノワグマはびっくりするだろうかなんて考えてみたけど実行はしなかった。
 確かにそれは面白そうだけど、リスクが大きすぎる。
 なにせ相手はツキノワグマだ。
「……ない」
「でしょ?」
「そんな……」
 ホットミルクがないことに絶望した様子のツキノワグマはその場にしゃがみこんでしまった。
「……ショック。大ショック。めっちゃショック。ショックショック、オイルショック、ポリゴンショック!」
 よくわからないがとりあえず相当ショックらしい。
「はぁ……ホットミルクがないと……私は……」
 うん。私は? いったいどうなるって言うの?
「すっごく困る」
 まあそうだろね。
「あーもう気分がブルー。あー緑はグリーン」
 ものすごく当たり前のことを言ってるなこのツキノワグマ
 よくわからないけどものすごく困っていることは確かだ。
「あの……」
「あー。ホットミルクー」
「あのさ……」
「んにゅ?」
 ツキノワグマに似つかない返事をするツキノワグマ
「あの……家にくる? ホットミルクぐらいは出せるよ?」
「……いいの?」
「別にかまわないよ?」
「……行く」
 即決だった。
 こうして僕はツキノワグマを家に招待することになったのだった。
 それにしても今日の僕はなんだかしゃべるなーなんて自分で思ってたりする。
 普段の人見知りな僕にしては珍しい。
 きっとそれはツキノワグマを相手にしているからだと思う。
 っていうかきっとそうだ。
 まあそりゃ着ぐるみを着た女の子だってことはわかってるけどさ。
 まあ今はそういうことにしておくよ。

 僕はとりあえずツキノワグマを自分の部屋に招き入れる。
 当然のことながらツキノワグマを部屋に入れるのは生まれて初めてだ。
「まあ、そのへんに適当に座って――」
 と言おうとした時だった。

 ツキノワグマが自分の毛を剥ぎ始めた。

 そんな自殺行為な! と思ってみたがこれはどう見ても、着ぐるみを脱いでるだけだという見解に至った。
 着ぐるみを脱いだツキノワグマは可愛かった。
 髪はさらさらのストレートだし、スタイルも引っ込むところは引っ込んでて出るところは出ている。
 着ぐるみを脱いだツキノワグマは、白を基調としたTシャツに黒のハーフパンツという格好だった。まあ、そりゃあの着ぐるみの下にしっかりとした服装はしているはずはないわけで――。
「ああ、寒いー」
 そりゃあ、あんな上着を脱いだら寒くもなるな。
 
とりあえず僕はキッチンへと向かう。
 そして電子レンジで暖めればすぐできるホットミルクをツキノワグマに差し出した。
「どうぞ」
「さんきゅー」
 ツキノワグマはごっきゅっごきゅとおいしそうに飲んだが、動きがいきなり一時停止。
「あひゅい」
 どうやら「熱い」と言っているらしい。
 そりゃホットミルクは熱いさ。普通に考えればわかると思うけどな。
 ツキノワグマは僕に向かって舌をべーっと出して見せる。
 わかったよ。熱いのはわかったよ。ごめんよツキノワグマ
「熱いなら冷ませばいいんじゃない?」
 ごくごく当たり前な提案を僕はしてみた。
「そういえばそうだね」
 ツキノワグマは妙に納得した様子でホットミルクを冷まし始めた。
 ふーふーと小さく口をすぼめてホットミルクを冷ますツキノワグマはとても微笑ましかった。唇がとてつもなくぷるぷるで可愛らしかった。
 もしかしたらツキノワグマ界ではぷるぷる唇が流行してるのかも知れないな。
 なんてどうでもいい妄想を僕は勝手に繰り広げていた。
「よく考えてみたらさ」
 僕の言葉にツキノワグマは一旦冷ますのをやめていた。
「あ、冷ますのは続けていいよ。耳だけ傾けてくれれば」
 というとツキノワグマは再びホットミルクを冷まし始めた。
「よく考えたらさ、ホットミルクは自動販売機には売ってませんよ」
「そんな嘘をついて……私が『まいりました』とでも言うと思ったか」
 いや思ってないけどさ。
「本当に自動販売機にホットミルクが売ってると思ったの」
 ツキノワグマは黙ってこっくりと頷いた。
「……ないの?」
「うん。ないの」
「そんな……」
 ツキノワグマががっかりしたというのは誰の目から見ても明らかだった。
 といっても今ツキノワグマを見ているのは僕だけだが。
「じゃあ、じゃあさ。今度ホットミルクを飲みたくなったらどうすればいいんだよお」
 知らんがな。
「あっそうだ」
 何かひらめいた様子のツキノワグマ。漫画だったら頭の上の電球がぴかって光ってるんだろうな。
「今度からホットミルクが飲みたくなったらここにくればいいんだ」
 ツキノワグマは目をキラキラさせて僕の方を見ている。
「ここって?」
 悪い予感がしていた。
「ここって……ここさ」
 それが僕の家を指していることはわかっていた。けどやっぱりわけがわからなかった。なぜ僕がツキノワグマを我が家に招いているのか。
「じゃあね。私は帰る」
 いつの間にか着ぐるみに着替え直していたツキノワグマは立ち上がって僕のほうを見た。
「あ、あの……名前は?」
 僕は叫んでいた。今考えると言いたいことは他にもいろいろあっただろうに。だけど僕が聞けることはそれだけだった。
「名前?」
 きょとんとした顔でツキノワグマはこっちを見る。
「んーとね。『ツキノワグマ』!」
 そのままだった。
「君は」
「へ?」
「君の名前。私は『ツキノワグマ』」
「えっと僕は月野琢磨」
「ツキノタクマ。タクマだね!」
 なんかコントみたいなやりとりだった。
「じゃあ、また来るね。タクマ!」
 ツキノワグマは大きく手を振りながら僕の部屋を後にした。
 しばらくして僕はあれは夢だったんじゃないだろうかなんてことを思い始めていた。
 だけど目の前にあるマグカップがツキノワグマが今までいたということを証明している。
 マグカップにはほんの少しだがホットミルクが残っていた。
 僕はその残りのホットミルクを飲み干してみる。
 なんだかいつも飲んでるホットミルクより甘い気がした。