すみやきの小説置場

小説を書き始めた18歳から三十路の今に至るまでのすみやきの小説置場

富岡さんはきっと脱法的なアレなんだ。(5)

 ゆっくりと彼女の背中をさする。華奢な彼女の身体は、頬っておいたら壊れてしまいそうだ。

 

 元々、友達もいなかったし、一人っ子だったし、小さい子の面倒なんてみたことない。

 

 自分の子供がいてもおかしくない年頃だけど、子供の扱い方なんてわからない。

 

 わからなかったはずなのに、まるで自分の子供のように彼女を抱きしめ、肌を――髪の毛を愛おしんでいる。



 好き。

 

 ただ、好き。



「よしよし」

 

 頭をゆっくりと撫でてやると、ぎゅっ、と彼女が身体をまんまるくする。本当に赤ちゃん帰りしてるのかもしれない。

 

「甘えていいよ」

 

 私の胸の中でこくっと頷いたのがわかった。

 

 彼女が顔をすりすりとこすりつけてくる。それがくすぐったくって、それでいて、気持ちよくなってくる。なんだか変になってきちゃいそうだ。

 

 ちゅっ。

 

「ぁぅ……」

 

 思わず声が出てしまった。

 

 だって、彼女が私のおっぱいを吸ってきているのだから――。

 

「だ、だめ。だって、で……ないよ」

 

 本当に赤ちゃんなんだな、って思う。そんな、彼女を、またゆっくりと甘えさせてやりたいのだけれど、おっぱいを吸われる度に、今まで味わったことないような刺激が体中を駆け抜ける。

 

 知らない子におっぱいを吸われて感じちゃってる。

 

 もう、だめだ。私、変態だ。

 

 だって、それが気持ちいいんだもん。はだかんぼにコートを着て町を歩くよりも、コートの生地が乳首にあたって得られる快感なんかよりも、ずっとずっと気持ちいい。

 

 もしかしたら、全国の赤ちゃんを持つお母さんはおっぱいをあげるたびに感じてるのかもしれない。

 

 だから、女の人は赤ちゃんを生むのかもしれない。

 

 けど、私のおっぱいを吸ってる誰だかわからない赤ちゃんのおっぱいの吸い方はすごく……えっちくって、気持ちがいい。

 

「……んっ」

「せんせ、おいしい」

 

 もう、先生なんて呼ぶのはやめて。お願いだから。ねえ。だって、今、私、知らない生徒におっぱい吸われて感じちゃってるんだよ?

 

 そんな変態を先生なんて呼ばないでよ。私はだめなんだって。だめな人なんだって。

 

 自分のクラスの生徒をおばけ扱いしてる場合じゃないんだって。

 

 私が一番のおばけなんだって! 

 

 おっぱい吸われて感じてる変態おばけさんなんだって!

 

     ◇

 

 まぶたが重かった。セロハンテープでも貼ってるのか、ってくらい目が開かない。

 

 やっとこさのところで目を開けると、そこは私の部屋ではなかった。

 

 なんで、こんな状況なのか、それを考えようとすると、頭を思いっきり殴られたみたいな頭痛が襲ってくる。

 

 ……ああ、これか二日酔いって。

 

 今まで、そんなにいっぱい飲んだことなかったし、飲んだとしてもこんなに睡眠時間が短い朝は迎えたことがない。

 

 なんとか、頭を持ち上げる。こんなに身体って重かったっけ?

 

「おはよ、せんせ」

 

 その声とともに目の前にコップが現れる。

 

「お水飲める?」

「…………すいません」

 

 声になってるんだか、なってないんだか、それくらいの音量の発声だった。

 

 コップの水がやけに冷たい。飲むと口の中に残ってるお酒の苦さが洗われていくような感覚が広がる。

 

 あ。

 

 そこで今の状況を完全に把握できた。

 

 私は、家で酔っぱらってはだかんぼにコートでコンビニ行っちゃって、そこで見知らぬ生徒に声をかけられて、なぜか家についていっちゃって、そんで一緒に飲んで、一緒のベッドに寝っ転がって――それでおっぱい吸われて、気持ちよくって――。

 

 それで、知らないこの子が好きなんだ。私。

 

 ……いや、そんなこと言ってる場合じゃないんだ。まず、言わなくちゃならないことがあるんだ。ごめんなさい。そもそも、あなたは誰ですか? って。

 

 ついてっちゃって、泊まっちゃって、それでおっぱい吸ってもらってなんですけど。

 

 あなた誰ですか。って。

 

「……あの!」

「せんせ、着られそうな服。ここに置いとくから。一回、家戻るでしょ?」

「ありがとうございます……っていや、そうじゃなくって!」

 

 ん? って首を傾げた彼女と目が合った。彼女は、銀縁の眼鏡をかけて……それで髪を後ろで一つに結んでる。

 

 あんなに重かったまぶたが一気に開いた。

 

 この子……いや、この人は!

 

「何? そんな驚いた顔して?」

 

 彼女は、ライトブルーのシャツに白いスカート、その上に白衣を羽織っているところで――。

 

「保健室の……」

 

 生徒なんかじゃなかった。未成年の飲酒なんかじゃなかった。

 

 職場の――、学校の、保健室の先生。

 

 まさかの、同僚だったとは――。

 

 いや、だって、白衣の姿しかみたことなかったし、そもそも眼鏡はずしてたし、髪だってまとめてなかったし、そもそもそれほど話したことないし!

 

「ふつう気づくだろ!」ってツッコミをする自分と「わかるわけないだろ!」と逆ギレする自分が頭の中で大紛争を初めている。

 

「ああ、この格好? 普通の養護教諭って学校着いてから着替えるんだろうけど、めんどくさいしね。それになんか、この格好で登校した方が『保健の先生』! って感じじゃない?」

 

 どうやら、先生は私が今の今まで、彼女自身の正体に気がつかなかった――なんてことは思っていない様子。

 

 いや、その方が好都合なんだが。なんだか、私だけが勝手にあたふたしてる感がハンパない。

 

「眼鏡なくて、歩ける?」

「大丈夫……だと……思います」

「まあ、そうだよね。視力検査の時もそこまで悪くなかったもんね」

 

 ……そういうことか。

 

 どおりで眼鏡を外してるのに、私だとわかるはずだ……。

 

 私は、学校で眼鏡を外したことはない。

 

 保健室での職員用視力検査以外では――。

 

 保健室にいる養護教諭だけは、裸眼の私を見ていることに――。

 

 あー。もう、何がなんやら。

 

「じゃあ、行こっか」

 

 頭が混乱したまま、私は彼女の部屋を出る。

 

 すると、見覚えのある光景が広がっていた。

 

 教室からいつも見えるグラウンドが……目の前に。

 

 まさか、このワンルームマンション、学校の裏口のそばだったとは……。

 

 ここはどこ? っていう騒ぎじゃない。

 

 だって、学校の隣だもの。

 

 そして、私のアパートまで徒歩五分の距離じゃないか。

 

 お酒の怖さを改めて思い知らされた二三歳の早朝――。




    ◇

 

 すぐにアパートに戻り、いつもの眼鏡、いつものスーツ、いつもの精神不安定を持ち合わせて、ドアを開ける.

 すると、彼女が待ってくれていた。

 

 昨日、はだかんぼで一緒に寝た彼女が目の前にいる。それはなんだか変な気持ちで、それでいて未だに信じられないという思いも同時に溢れてくる。

 

「あの……おまたせ……しました」

「じゃあ、いこっ!」

 

 手を、ぎゅっとされる。

 

 お酒のせいで忘れかけていた昨晩の彼女の肌のすべすべだとか、柔らかさだとか。そういう気持ちいい感覚が指を通じて私の脳天を直撃する。

 

「大丈夫だよ。今の時間、生徒もまだ来てないし」

「は、はい」

 

 恋人つなぎってやつはいいものだな。

 お互いの指と指でこすりあう気持ちよさ、それだけ、とろけてなくなってしまうかもしれない。

 

 眼鏡を通して見る彼女は、昨日よりも、落ち着いて見える。それは、眼鏡のせいかもしれないし、白衣のせいかもしれないけど、もし、私が昨日、ちゃんと眼鏡をかけて、それでいて素面だったとしたら彼女のことを生徒だとは思わなかったかもしれない。

 

 彼女の人差し指と薬指のくすぐりが止まる。

 

「ねえ、昨日言ったのは本当?」

 

 優しい目だな、って思う。人間の目っていうのは、私が思うよりも怖くないのかもしれない。

 

「昨日?」

「その……甘えてもいいって」

 

 少し、恥ずかしそうな彼女の顔を見ると、昨日の少女と今日の目の前にいる彼女が同一人物なんだ……ということがわかる。

 

 うん、やっぱり好き。

 

「……はい」

 

 私は、また声になるかならないかギリギリの音量で答える。

 

 声の音量を補うために力強く頷いたりもしてみる。

 

「……ありがとう」

 

 笑って見せた彼女の口元には可愛らしい八重歯が浮かぶ。

 

 ああ、やっぱり可愛い。そして、この人は少女だ。生まれながらの少女なんだ。

 

 身分は、学校の養護教諭かもしれない。でも外見も中身もすごっく無垢でいて、それでいて思わず抱きしめたくなるような――、要は、かわいくて、かわいくて、どうしようもない。

 

「じゃあ、また」

 

 保健室の前に差し掛かるところで彼女と私は別れることになる。

 

 なんだか、急に現実に引き戻されたようで心が弾けそうになる。

 

 また、あのおばけさん達と戦わなければいけないのだから。

 

「はい……また」

 

 きびすを返して、職員室に向かおうとした。

 

「ねえ!」

 

 え? と声を出す余裕もなかった。

 

 彼女の唇が、私の口をふさいでしまっているから――。

 

 これが、きす なんだ。と思う。

 

 漫画の中だけの存在だと思ってた。あの、きす なんだ。

 

 実在するかどうかで言ったら、おばけさんと同等のレベル。

 

 少女時代の私に言ってあげたい。

 

 現実には、おばけもきす も実在します!

 

 気がつくと、舌が私を優しく包み込んでくれていた。私も負けじと舌で彼女の歯をなめとる。

 

 八重歯のさきっちょが私の舌にあたる。

 

 かわいい、かわいい、かわいい!

 

 学校の中、かわいい!

 

 学校の廊下、かわいい!

 

 保健室の前、かわいい!

 

 生徒に見られるかもしれない、でも。

 

 かわいい!

 

 ちょっとだけ、苦い味がする。

 

 それは、おそらく、昨日彼女が飲んだワインの味。

 

 それも悪くないな、と思う気がした。ずっと、のこの苦さに染まっていたい気がするくらいだ。

 

 私は彼女の背中に手を回す。

 

 てれれれって、てってー。

 

 私の中のどこかで、レベルのあがる音が、聞こえた気がした。





第三話 やっぱり砂糖は甘いし、コーヒーは苦い。ビールはもっと苦い。(了)